東へ東へ・・・目的地は、ずばり『日本』!
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

真夜中の2時ごろ、サンタレンという町に到着しました。
夜が明け、10時ごろまで、港に停泊していました。

この町はガイドブックにも載るレベルのそこそこ名のある町ということでしょうか。

たくさんの人が乗り降りしました。
私のハンモックの周りの人も、かなり顔ぶれが変わりました。



その晩、6時半ごろ、客室に何かを呼びかけるオジサンたちの声が響きました。
客室だけではなく、売店の前や、デッキにいる人たちにも。
ポルトガル語が全然わからない私は、様子をうかがいながらも
デッキで夜空を眺めていました。
そして、売店前ががやがやし始め、
テーブルがどけられ、椅子がきれいに並べられていきました。


売店の音楽が止み、
合唱や、何かを訴えるような声が聞こえてきました。
たくさんの人に向かい合う形で、4~5人のオジサンが座っています。
こんな暑い中、スーツを着ている人、ネクタイを締めている人、きれいなワンピースを着ている人、ぞうりでなく革靴やブーツを履いている人もいます。
売店前に行き、近くにいた人に聞いてみると
「ミサだよ」
と。
PB263878.jpg



これは翌日知ったことですが、
前に座っていたオジサンたちは、神父さんたちだったそうです。
サンタレンからたくさんの神父さんが乗船したようです。



今まで、いくつもの教会を『観光』し、ミサにもお邪魔させていただきましたが、
いつも感じるのは、
大きな教会(カテドラル)も、小さな教会(チャーチ)も、
教会の中に入ると、その『国』や『町』ということを忘れてしまうのです。
どんな危険なにおいの漂う町も、
どんなきらびやかな町も、
教会に入れば、ただ、『教会』という空間でしかないように感じるのです。
そして、教会の扉を開けて外に出ると、
「ああ、そうか。ここはメキシコだったな」とか
「そういえば、ヘネズェラだったっけ」と思い出すのです。


今回のミサも、
場所はさっきまで陽気に騒いでいた売店前。
でも、ミサが始まった途端、
昼間から飲んでいた人たちも、
走り回っていた子供たちも
それらを辞めてミサに参加したり、見守ったりしていました。
さっきまでの喧騒は全くありませんでした。
その時間、たくさんの人がハンモックから出て、『教会』に集まってきていました。


そして、聖職者がいて、人(信者)が集まれは、
そこはれっきとした『教会』になるということ。
立派な建物も、パイプオルガンも、ステンドグラスも、十字架だってなくたって
そこは教会になりうるのです。




翌日、その神父さんたちの中の一人と話をしました。
「ブラジル人の多くはカトリック教徒なのですよ」
と言っていました。
ちょっと波風を立てることになっちゃうかなと思いながらも勇気を出して
「私はカトリック教徒ではなく、仏教徒です」
と言ってみました。
仏教徒と言っても、特に敬虔な信者でもないし、
神様とか、仏様とかもよくわからないんですけど。
神父さんは笑って
「この船の中でカトリック教徒でない人は少ないだろうね。
とりわけ、仏教徒はあなただけかもしれませんよ」
と言っていました。
その後も特に差別されるような言動も、勧誘なども受けませんでした。
あー、宗教戦争勃発しなくてよかった―



その晩からベレンに到着するまで、
毎晩ミサは行われました。
参加する人の数も日に日に増えていました。


相変わらず、信者でない私は『観光客』でしかなかったけれど、
それでも
船上の教会はやっぱり、船であることを忘れさせられる
『教会』でした。
スポンサーサイト

[2011/11/28 09:36] | ブラジル
トラックバック:(0) |
コメント:
この記事へのコメント:
コメント:を投稿
URL:

パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック:
この記事のトラックバック URL
この記事へのトラックバック:
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。