東へ東へ・・・目的地は、ずばり『日本』!
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西安はかつて、『長安』と呼ばれ、そこに都が置かれていた。

現在の奈良にあった『平城京』のモデルともなった街。



日本ともこうやって深いつながりがあると思うと、
中国と日本の歴史の深さを感じるし、
旅も楽しい。
中国を旅していると、思っていた以上に、日本との接点や共通点を発見できる。









宝鶏を出て、西安に着いたのは日が暮れて、夜の7時を過ぎていた。


電車の駅は、西安の旧市街・北側の城壁の外。
そして、目指す宿は、南側の城壁に位置する、南門のすぐそば。


西安の中心部は、南北3㎞、東西4㎞、城壁に囲まれている。

もう一息、頑張って移動!

市バス使うけど(笑)。






そのユースホステルに着いて、チェックインしようとすると、

『あぁ、えみりあだね。待っていたよ』

って、流暢な英語の中国人スタッフが笑顔を向けた。

は?私、予約とかしてないっすけど。なんで私の名前知ってんの?
はっ!!!もしや・・・





実は、このユース、『ある人』からメールで、『自分はここに泊っているよ』って教えてもらったところ。






でも、私がチェックインしてから、待っても待っても『ある人』は姿を現さない。
もうすぐ日付も変わるし、疲れたからもう寝ちゃおうかなー



と思ったその時、



メールが入った。


『西安に着いたの?今どこに泊っているの?何かあった?連絡して。』


そこで『その人』の携帯に電話を入れた。

が、

接触不良で通話にならず、ソッコー切られた(笑)

メールを返したけど、それからも全然連絡が帰ってこない。


ちょっと!!!!!



様子を見に談話室に下りて行こうとすると、

『その人』は、中庭で欧米人とおしゃべりしてました(笑)




をい!!!






私の姿をみとめると、いきなりテンション高くなって、ちょっと驚いて、
でも再会を喜んでくれた『その人』。




もうお分かりですね。





レイとまた再会です!!!!



張掖で別れた後、私が蘭州と成都にいた10日間、
レイは、銀川と延安を経て、西安にはもう、かれこれ一週間近くいるらしい。
たった10日間の別れだったのに、
やっぱり再会は嬉しいね。



張掖での宿泊拒否をうけ、日本人である私が泊まれることを確認し、このユースに「友達が来るよ」って伝えておいてくれたみたい。
そして、「張掖以降、宿泊拒否とかなかった?ちゃんと泊れた?」って心配してくれてた。


ホントに嬉しい。


また、泣きそうになるのをごまかすために、私はちょっとだけレイにそっけなくしてしまった。
ごめんね。









翌日、西安にどっぷりハマったレイが町を案内してくれた。

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城壁の外れではフリーマーケットなど。。

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おっちゃんの手は魔法の手。

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細かっ!!!

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『西安のオペラ』は影絵。
トルコのブルサでも似たやつあったよね。
あぁ!!うんうん!!あったあった。

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西安には『回族』という民族がいて、イスラム教徒であるかれらの町があるらしい。

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その回族料理の代表格・泡獏(ぱおもあ)。

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ナンを細かくちぎったものと肉が具のスープ。
味は、塩味が効いてて、あんまりがっつり飲めなかった。。。





でも、レイが言うには、西安の本当の魅力は、夜なんだって。

PB171963.jpg

うーむ、きれいやなぁ。

でも、ストリートライブとか、写真では伝えきれない魅力がいっぱいある(レイ談)







西安と長安。

時代も文明も全然違うけど、
『街が美しい』というのは変わらないんじゃないかな、

と、今もこうして栄えている町を見て感じた。
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[2013/12/20 03:09] | 中国
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