東へ東へ・・・目的地は、ずばり『日本』!
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私はコーヒーが飲めません。







二十歳くらいまでは飲めてました。
むしろガンガンいってました。
ミスドに行けば、何時間でもいて、何杯でも飲んでいました。
もちろん、ミルクとお砂糖はたっぷり目が好き。







二十歳を過ぎたころから、コーヒーを飲むと
頭痛
頻尿
胃のムカつき
ひどい時は二日酔いみたいな症状が3日くらい続くこともあるようになった。

それをコーヒーアレルギーと呼ぶことにした。








味の違いこそよくわからないけど、
香りや、色や、雰囲気とかも大好きなのに、






それからはココア派に転身。


























キリマンジャロと言えば、キリマンジャロコーヒー。



日本の喫茶店に行くと、ちょっとお高めの値段設定のしてある酸味の強い(らしい)コーヒー。


キリマンジャロのふもとまで来て、飲まないのは悔しすぎる。








ここは3日間寝込むのを覚悟して、コーヒーを飲んでみよう。



とはいうものの、タンザニアのコーヒーはもっぱらネスカフェのインスタントコーヒーらしい。
町のカフェでも、コーヒーと言えばインスタントらしい。









けど、ここ、モシには、キリマンジャロコーヒーの専門店があるみたいなんです。






老舗のコーヒー専門店、ユニオンコーヒー。

店内もおしゃれで、落ち着きがあって、欧米人が多い。

観光用って言ってもいいかもしれない。
値段設定も日本並み。



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オーダーするじゅりちゃん。

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カプチーノを頼んでみた。


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ちびっとすする程度は今まで、数か月に一度くらいはしてきたけど、
カップ一杯のコーヒーを飲むのは一体何年振りだろう。



いい香り。


んんん。


うまい!!!!


砂糖なしでも全然おいしい。


みんなも大絶賛。


そしてこのコーヒーカップ前にマッタリするじかん。












大好きだなぁ。






このコーヒーを飲んでからアレルギー症状(と勝手に呼んでる)は出なかった。
いい豆ってことなのかな。
久しぶりだったからかな。









明日もコーヒーと、その時間のためにここに来よう。
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[2013/03/06 07:58] | タンザニア
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Re: こんにちは(^^)
えみりあ
≫ふらんちぇさん

コメントありがとうございます。
覚えていますよ!!げんきですか?
キリマンジャロ、辛かったけど、登ってよかったです。
日本で再会できたら楽しいですね。


コメント:を閉じる▲
下山は『楽』の一言。

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緑はどんどん増えるし、
空気はおいしいし、
体がすいすい動く。
スキップしながら下山できる。

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酸素の重要性を改めて痛感した。

人には酸素が必要だ!!



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あっという間にキリマンジャロのふもとについてしまった。

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ゴールに着くのは寂しい気もしたけど、
でも、安堵と達成感ももちろんあった。








その晩はなかなか眠れなかったけど、
一晩経って、空を見上げて、



あの雲よりも高いところまで歩いて行って戻って来たんだっていう実感も、
遠くに見えるキリマンジャロのてっぺんまで自分で行けたんだっていう実感も
夢のようで正直薄いけど、




ビールのおいしさと、
洗濯物の山と
全身の筋肉痛が


私たちのキリマンジャロ登頂を証明してくれているんだ。



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みんなと登れてよかったな。










写真協力:じゅりちゃん・たかおくん

[2013/03/06 07:48] | タンザニア
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深夜12時。

雹は止んでいた。

真っ暗の中、頂上へ向けたアタックをかける。


ありったけの服を着て、
ヘッドライトとガイドだけを頼りに登る。



























心の準備はできている。


















4000mを越えてから、呼吸が極端に苦しくなってきた。
ここ、キボハットから目指すウフルピークまでは1000m以上の標高差がある。







足が上がらない。

前に進めない。

すぐに息が上がって苦しい。

頭痛はなかったけど、嘔気で水も飲めない。

ガイドに荷物を持ってもらってもなお、みんなのペースよりも遅れていく。

『大丈夫?』って聞かれても返事もできない。

すぐに休憩はさまないと、はさんでも呼吸が整わない。

目の前がぼやけてよく見えない。

当然、周りの景色なんて全然楽しむ余裕なんてなかったし、

みんなで支えあうどころか、自分のことすら満足にできない。













辛くて、

悔しくて、

情けなくて、

申し訳なくて、

苦しくて、



仕方なかった。



















何でキリマンジャロなんか登ろうって思ったんだろう


山なんて、だいっきらい


甘く見ていた自分が悔しくて悔しくて仕方なかった。


『リタイア』という黒い影がいつまでも付きまとっていた。


気付けば泣きながら歩いていた。

































『Pole Pole』
ゆっくり、ゆっくり。



誰よりもゆっくりしか歩けなかった私に最後まで付き合ってくれたガイドはそれしか声をかけてくれなかった。
それが嬉しかった。
『リタイアなんかしなくていいんだよ。ゆっくりでいい、君も頂上を目指していいんだよ』
そういってくれている気がした。





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いつしか、太陽は上がっていて、山が赤く照らされていたけど、
私はまだ頂上にたどり着けない。



頂上がどこにあるのかも見えない。
どれくらいの距離をまだ歩かないといけないのかもわからない。



山登りは競争じゃないってわかっているけど、
一緒にゴールを誓った仲間の足を引っ張っていることが辛かった。
















通常よりどれくらい余分にかかっただろう。



ウフルピークに到着したとき、
先に行った仲間が待っていてくれていた。
みんなが『おめでとう』って迎えてくれた時、心から嬉しくてたまらなかった。

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体力もつき、
私の中に、最後に残っていたのは、根性だけだった。
根性と、仲間の支えだけで登頂することができた。
みんながいなかったら、頑張れなかったかもしれない。














アフリカ最高峰からの景色は、雲ばっかりで何も見えなかったけど、
目に映るもの、すべてがキラキラしていた。





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そして、私にはパワーがみなぎっていた。
今まで経験したことないくらい苦しくて苦しくて仕方なかったのに、
それが嘘のように元気になっていた。

[2013/03/06 07:37] | タンザニア
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4泊5日、ロンガイルート。



ロンガイルートはケニアとのボーダーの近くから登り始める。
あまり知られていないルートらしく、
冒険心からこのルートを選んだ、物好き三人が今回の挑戦者。


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左からじゅり・たかお・えみりあ。








私の大きな心配ごとは三つ。

寒さと高山病と体力。




寒いの大っ嫌い。
暑い方がマシ。
レンタルで防寒着や登山に必要なものは手に入るけど、
カイロやヒートテックは絶対手放せないっ!!
冷えるとトイレも近くなるしやだなぁ。






高山病の恐怖はメキシコ旅までさかのぼる。
飛行機で2100mの高地まで降り立った私は、翌日には激しい腹痛で歩行も困難になっていた。
2600mのロライマ山の頂上で熱に倒れ、
コロンビアのボゴタでも下痢と腹痛が襲い、
ボリビアのウユニからチリに抜けるツアーでも、熱と激しい嘔吐と下痢と腹痛と頭痛でツアーなんて全然楽しめなかった。
って言っても、全然高山病の症状とは結びつかないけど、とにかく、高地が怖いんです。


今回、キリマンジャロのウフルピーク(頂上)は5895m。
どーなっちゃうんだろうと、心配で、ダイアモクス(高山病予防薬)握りしめて登ることにした。
普段、500mlくらいしか水分取らないのに、水もがば飲み。
10分おきにトイレ(笑)。






そして、体力。
直前までキリマンジャロ登る気はがた落ちだった(←こらっ)ので、体力作りなどせず…。
そもそもインドア派でヘタレなので体力なんてない。
じゅりちゃんもたかおくんも、体力ありそーなのに・・・。

いやね、ホントになめてたと思う。今思うと。











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2000mくらいのところから、3日かけて1000mくらいずつ登って行く。
ゆっくり、ゆっくり。



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はじめはこんなふざけたこともいっぱいできたけど、


3日目になってくると、遅れがちになってきた。
余裕もなくなる。

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高度があがるにつれ、どんどん空気が薄くなる。



植物も減ってくる。
森林限界を自分の足で抜けるなんて初めてだ。

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3日目のキャンプ地・4700mに位置するキボハットでは、日常動作で息が切れるレベルだった。
おまけに寒い。
雹まで降ってきた・・・。

[2013/03/06 07:25] | タンザニア
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キリマンジャロ登山前日は、キリマンジャロのふもと中のふもとの、
ツアー会社のオーナーのジャスパーの家で過ごすことになった。




ここはとっても素敵な村で、
村人も擦れてなくて『ジャンボ!!』って話しかけてくれる。
『チャイナ!!』なんて言ってくる人なんてほとんどいなくて、
バナナの木に囲まれたとっても素敵な村だった。

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バナナから作る、バナナビール。

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味は、好みではなかったけど。








ちなみにアフリカの主食の一つはバナナ。
甘くない種類のバナナは、お芋のようになる。
うまい。

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小さな市場とか、

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カメレオンとわ群れるたかお氏。

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近くに滝があって、みんなで泳ぎに行った。

滝マニア(←うそ)にはたまらない。

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水は冷たかったし、決してきれいではないけど、

ちょっとだけ、明日からのキリマンジャロ登山への緊張かほぐれた・・・気がする。

[2013/03/06 06:41] | タンザニア
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アフリカ大陸最高峰・キリマンジャロ。






キリマンジャロという名前以外、何も知らなかった。
どこにあるのかも、
どのくらいの高さなのかも。












昨年8月。



スイスのマイエンフェルトの宿で出会った旅人達と話をしているとき、
キリマンジャロはアフリカ大陸最高峰でありながら、誰でも登頂に挑戦できる山なのだということを知った。
そして、その旅人の一人が実際に登ったという話を聞いた。
具体性のある話、そして、案外それほど苦しまずに登れたとあっさりと言われた。

私にもできるのか・・・?




私の中で、当時、アフリカ旅の目的は『アフリカ縦断』だけだったのが、
そこに『キリマンジャロ登頂への挑戦』という目的が加わった瞬間だった。





アフリカ大陸に入り、エジプトのダハブで一緒にダイビングのライセンスをとったじゅりちゃんも、キリマンジャロ登頂を目標にしていると知った時、
絶対挑戦しようと心に決めた。











しかし、その後の縦断の行程は私にとって、過酷という他ならないものだった。



エチオピアをピークに、体力も落ち、旅のモチベーションも下がり、
キリマンジャロどころではなかった。





キリマンジャロ山が近づけば近づくほど、
挑戦する気も不安定になっていった。

















タンザニアのモシ。

キリマンジャロ登山の拠点となる町。






ここまで来てしまった。






旅行会社に申し込みもしてしまった。

お金も払ってしまった。






もう逃げられない。




あの山に登るしかない。






でも・・・



でも・・・・・・



不安ばかりが募る。




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[2013/03/05 23:52] | タンザニア
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正直な話、アフリカに来るまで知らなかった。

ルワンダという国自体、どこにあるのかも知らなかった。









ルワンダには、85%の『ツチ族』と15%の『フツ族』がいて、
かつてのベルギーの植民地時代からツチ族がフツ族よりも優遇されたり、
その後もツチ族がフツ族を虐げたりという時代背景があった。
ツチ族に対する不満は沸々と募っていた。
1994年4月。
フツ族出身のルワンダ大統領と、同じくフツ族出身の隣国のブルンジ大統領の乗った飛行機が墜落。
ツチ族が攻撃してきた(実際はそのような証拠は残っていない)・この国をツチ族から解放しなければならない、ツチ族を根絶せよとフツ族強硬派が全国のフツ族に呼び掛け洗脳し、
彼らは手にナタを持ち、ツチ族を虐殺し続けた。
死者はたった3か月で50~100万人とも、そしてルワンダ人口の10%と言われている。










当時、私は8歳。

その事実はリアルタイムでは知らない。
その後も知らなかった。

そう、最近まで・・・。





実際、日本人でその事件をリアルタイムで知っている人ばれほどいるのだろうか。
当時のメディアは、アフリカの小国の内戦よりも、
東ヨーロッパの旧ユーゴ内戦の方に関心を集めていたというのが事実。




その後も『ホテルルワンダ』『ルワンダの涙』といった映画が発表されたが、
その存在すら、私は知らなかった。








『ツチ族』『フツ族』の違いなんて分からない。
『ツチ族』の父親と『フツ族』の母親の子は『ツチ族』とされた。
そんな理由で殺されたのだ。


近所の人だったり、友達だったり、家族でさえも。




その方法は実に残虐というほかなく、
武器は何でもよかったのだ。
ただ、身近にある武器になりそうなものを手に持ち、『ツチ族狩り』ともいえる行動をとっていた。








国中が死体で溢れかえったという。









私が歩いた道も、そうだったかもしれない。



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私が出会った人も、そうだったかもしれない。




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キゴンゴロという町の近くにある博物館。


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ここは、当時、技術学校だった。
ここにはベルギー軍の基地があったため、ツチ族たちはここに逃げてきた。
しかし、ベルギー軍が撤退するとすぐにここは死体の山となった。
映画『ルワンダの涙』のモデルとなった場所だ。



ここには膨大な数の犠牲者が、ミイラとなって私たちに語りかける。
小さな部屋に置かれたテーブルの上に寝かされた、無数の白くなった彼ら。
隠せない傷痕や、表情すらも。
いくつもいくつもその彼らがいる部屋が続いていた。
手を合わせることしかできなかった。


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周りは素敵な景色なのに。












日本は平和だということを、常々思う。














映画『ホテルルワンダ』のモデルとなった、ホテルミルコリンズ。

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現在は、丁寧に手入れされた庭やプールや、教育された職員を持つ格式のあるホテル。
戦争や恐怖感など微塵も感じらない。

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ここに足を運ぶことができ、
映画で知っている世界とは全く違う現在を感じられることが、
『平和』の証なのだと思う。




そして、このホテルで、客として、落ち着いておいしいご飯を食べれることがやっぱり平和だと痛感する。

平和だから『おいしい』と思える。

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それはとてもしあわせで、でもあたりまえのこと。









あの虐殺を経て、
障害を抱えている人、
家族を亡くした人、
心に大きな傷を負った人、
それぞれの立場で背負っているものは計り知れない。


でも彼らはきっと過去を背負いながら未来を見つめて現在を歩んでいる。





やっぱり月並みだけど、言うのは簡単だけど、




民族や国とか、そんな枠組みを捨てて、
平和な世界を願ってやまない。

[2013/03/05 23:45] | ルワンダ
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ウガンダとルワンダの国境の近くにある、ブニョニ湖に来た。



標高が少し上がったのか、朝8時というのに、寒くて震える。







ブニョニ湖は世界で三番目に深い湖なんだってさ


湖に浮かぶ島の宿に向かうには、
カヌーをこいでいかなくちゃいけない。


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でも、のんびり行こう。


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景色もいいし。


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自然は裏切らないねぇ。










結局ここは一泊しかしなかったけど、
とってものんびりしたいいとこだった。


ご飯もおいしかった。



そうそう。

ここではザリガニが食べれる。
アメリカ以来のザリガニ。
あの時よりもおいしかったなぁ。


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Photo by Juri


のんびりして景色見てのんびりするだけのところだったけど、
ホントにいいとこ。


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[2013/03/05 23:13] | ウガンダ
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