東へ東へ・・・目的地は、ずばり『日本』!
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今回、リヴィウに来てはじめに泊まったのが、
街のド中心から徒歩5分のところ。
最安レベルでそれなりにいい宿だったんだけど、
延泊しようとしたら、「フルだ」と言われて、宿替えしました。




で、次に泊まったのが、
街の一等地にあるオペラハウスのすぐ裏。
バス停のすぐそば。
これでさっきまで泊まっていた宿より、一泊1.ユーロも差がないのであればしめたもの。







で、せっかくオペラハウスの裏に泊まっているのに、
オペラ見ないのはもったいないと思いまして、行くことにした。
普段、クラブもショーも行かないんですがね。



オペラハウスのチケットカウンターで、
「今晩のショーが見たいんですけどー」っていうと、
「今日はオペラはやらないよ。バレエだよ」と言われた。


あ・・・あぁ・・・バレエなのね・・・


そういえば、後から思ったけど、東欧ってバレエが盛んだったね。
これはこれでラッキーだ。



一番安い席を聞くと、500円でした。

しかも、三階席のド正面。
めっちゃ特等席やん。
ホントに500円すか??
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日本の、映画の半額でプロのバレエが見れるってわけですよね。

スゴすぎ!!!



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オペラハウスは、上流階級だった。

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毛皮のコートにオシャレなワンピースのマダムとか、
ネクタイにスーツビシッと身に着けた紳士まで。



ジーパン・セーターまではいいとして、
それにトレッキングシューズにレインウエアとパーカーで防寒しているのは
完全に場違いですた。

しゃーない、これしか寒さしのげれんもん。
夏なら、サンダルやワンピースでちょっとはマシになるけど。




ま、くよくよしても仕方がないので、一人ですが楽しませていただきます。




演目は、海賊とアラビアのお姫様が駆け落ちする話だった(たぶん)。

『白鳥の湖』を期待していた(←ってか、これしか知らない)ので、
エスニックな感じにちょっと違和感を感じつつも面白かった。


踊り子がくるくる回る―――っ
戦いがダンス――――っ
セリフが全くなくてもストーリーは何となくわかるもんだねぇ。


主演はやっぱすごいなー。
完全に空飛んでたよ。空舞ってた。





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これはカーテンコール。
スタンディングオベーション、すごかった。







庶民的な値段で一般人でもこういう文化に接する機会が増えることで
バレエが発展していくんですね。

それにしても、ホントに500円でいいのか、逆に心配になった。
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[2012/10/30 07:50] | ウクライナ その2
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ウクライナは美女が多いことで有名ですね。

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確かに美女がいっぱいで鼻血吹きそうです。

でも、歳を重ねるにつれ美女から貫録のあるマダムになっていくようです。






旅に出る前に、断髪式で髪をショートにしました。


帰国まで髪を切らないつもりでいたのに、

ボリビアでボリパーかけ、

一時帰国中にカット。






最近、髪を切りたくてうずうず~~~



毛先が痛んでいるのと、いまだに残っているボリパーにイライラ



美女大国・物価安・ヨーロッパ


そうだ!!
この三拍子そろっているこのウクライナで美容院に行かずに、いつ行くのだ!!??
ウクライナの底力を見せて見ろ!!





宿の兄ちゃんに安くておすすめの美容院を聞くと、

「おっ・・・オレにそんなこと聞くなよ!!」

と返されました。





宿のお姉ちゃんに聞くと、

「私はいつもふらっと入るから、おすすめとかわかんないけど・・・」

と言って地図に3か所くらい印をつけてくれた。
そこを目指していくが、『休み』または『存在せず』。






街のインフォメーションで聞くと、
苦い顔をされながらも教えてもらえた。








ところで、ウクライナ人女性を観察していて気付いたのは、
若い女性はロングヘア。
子育て世代からはショートヘア



黒髪・非ロングヘア・童顔・東洋人
ウクライナ美女と何一つ共通点はないけど。







教えてもらった美容院は、日本で言う、おばちゃんが一人で切り盛りしている小さな美容室みたいな美容院だった。
小さな店に4人も美容師さんが待機。





「ウクライナンビューティープリーズ!!」
と言ったけど、英語は全く通じなかった・・・。


言葉が通じないとなると、
ジェスチャー・・・これも限界があるので、
最終的には、



おまかせで




になります。

ウクライナの底力を信じるしかない。
えいやっ!!


完全にまな板の上の鯉。







「シャンプーする?」

節約のためにお断りするところ、
『美女大国ウクライナのシャンプーを見せて見ろ!』とお願いしてみた。
実際はビビりまくってます。




お湯かげんいかがですか?
かゆいところはないですか?


なんて当然なく、



お湯かけまーす


の一言もなく、



顔にタオルをかけられるとかもなく、

顔面に・服に水かかる―――――





おっ・・・おもしろかったー。







そんな感じでカットもされ、ブローもされ、




入店から20分後、
出来上がりは、













マッシュルーム。

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ウクライナはマッシュルームが超安いので、夕食にマッシュルームを食べた。

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共食いじゃあ!!!!

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美女大国・ウクライナの底力は

マッシュルームだった・・・。

[2012/10/28 08:06] | ウクライナ その2
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前回リヴィウに来たのは10月の初旬。


紅葉が始まっていて、街の公園がとってもきれいでした。
陽が出てると暑いくらい。




それからドイツ・ハンガリー・ポーランドと周辺諸国をめぐり、
ふたたびリヴィウに来たわけですが、
この時期、このあたりの国々も木々が黄色く色づき、黄色のじゅうたんがひかれ
ため息の出る美しさ。






3週間後のリヴィウ。



葉は結構落ちているけど、まだまだステキ。
ただ、かなり寒くなってた。
天気が悪かったってのもあるかな。





けど、こんな美しさ、日本にいるときはあんまり気にも留めてなかったな。
通勤時に街路樹見て「あー色変わって来たなーきれいだなー」くらいのもんでした。
紅葉した山は、『古くなったブロッコリーみたいで気持ち悪い』とすら思ってました。
旅に出て、自然の変化にちょっと敏感になれて、楽しむ余裕が出たと思う。
こっちではモミジはもちろん、紅い葉っぱはほとんどないです。












それで、それで、
あの景色が気になりませんか?
あの場所は一体どうなっているのか。





そう。





恋のトンネル。











出発前夜、明け方まで飲んでいたベルギー人・ウクライナ人・ロシア人・フィンランド人に「おい、中国人!」と、なぜか叩き起こされながらも、
朝、寝坊してバスに間に合わないかと急ぎながらも、
行って来れました。








黄色の世界になってた。


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わぁ!!ステキ過ぎ!!!!!















ここに来たのは2回目。
行きかたもちゃんとわかってるので、スムーズに行ける。
と、思ってた。



村でバスに乗ろうとしたら、子供たちがあどけない笑顔を見せてくれる。
「お先にどうぞ」と乗車順を譲ってくれる、みんな優しくてかわいい。
「バイバーイ」と手を振って下車していった。

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子供はかわいいなぁ。




トンネルに向かっていると、二人の子供がやって来た。

「トンネルに行きたいの?行きかた、教えてあげよっか。」

もちろん私は行きかたを知っていたけど、せっかくの『親切』なので彼らに乗っかってみた。

「こう行って、ああ行って・・・」
うん、うん。分かった。ありがとう。じゃぁね。というと、すかさず、
「チップ!!」



・・・え。





お金は渡したくなかった。
ケチとかそういうんじゃなくて、請求されるのはチップじゃないし、そういう考えで生きる大人になってほしくなかった。
だから、おやつにと持ってきていたリンゴをあげた。


「リンゴなんかいらねーよ。金くれよ、金!!」

ないよと言うと、
「けっ!!」と言っておしりペンペンしてどこかへ行った。


日本なら、『ちょっと、どんな教育してるの!?親の顔が見たい!』って感じだけど、
なんか悲しくなった。
身なりを見ても貧困生活を送っている雰囲気はしなかったから。





トンネルに着いて足を踏み込んだ直後、足音がして振り返ると
さっきの子供たち。
手には太く長い木の枝。
「金だせ!」といいながら、その棒を振り回す・折って投げつける・石を投げる・・・。
とっても、とっても悲しくなった。



周りは言葉にならないほど美しい景色なのに。
村の人たちも、子供たちもとっても優しかったのに。


お金を渡していればよかったのか。
リンゴをあげなければまた違っていたのか。
ウクライナ語もロシア語も話せないからなのか。
二回もここに来るべきではなかったのか。
それとも期待しすぎたのか・・・。



彼らはトンネルを見に来る人に出会うたび、あんなことをするのだろうか。






景色に罪はないけど、ここにいるのが辛くなっていきそうだった。









でも、神様はちゃんとプレゼントをくれた。

















また会えた。

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トンネルの外で村の人と話をしていると、さっきの電車が戻ってきた。

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おじさんが、乗ってみるかいと声をかけたくれた。
トンネルの中の景色じゃなかったけど、この電車はこんな景色を見てるんだね。

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機関士のおじさんは、オレを撮るのは勘弁してくれと言いながら
「一日に4往復してるんだよ」と教えてくれた。
そんなにしてるんだー。意外と走ってるんだね。




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人間だもの、いいところも悲しいところもある。
だから彼らには気付いてほしい。




やっぱりこの村も、この場所も大好き。

[2012/10/27 09:22] | ウクライナ その2
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こんなタイトルを付けましたが、べつに盗撮してるわけじゃないです。
そんな趣味ありません。






ウクライナのリヴィウに再びやって来ました。


前回はただのシェンゲンの日数稼ぎだったけど、
今回こそは予定の中に組まれていた滞在であります。




前回の滞在でできなかったことを中心に楽しみたい。







リヴィウには大きなショッピングモールがあるってのは知ってたけど、
どこにあるのかは知らなくて、
今回の滞在中に行きたいと思っていた矢先、
ドミの唯一の宿泊者、トモヤくんが声をかけてくれました。




市バスに揺られること、30分。







とうちゃ――――く。



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大きすぎて全景が入らんよ。







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寒い国だけあって、靴屋の商品の半分近くはブーツです。

そーいえば、街を歩いている女性の8割は(ロングなり、ショートなりいろいろですが)ブーツです。
大人も子供も。





スケートリンクもありました。
あのー、これ、ふつーのショッピングモールです。

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ちなみに翌日行ったら、未来のオリンピック・ウクライナ代表が回転ジャンプの練習してました。
コーチの目が怖くて写真撮れんかった。
偵察だと思われたのかな・・・。








家電屋は現地生活の創庫です。

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ストーブと言えばこれ。




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テレビも大量。




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フードカッター。



かわいい加湿器もあった。
けど手入れはしやすいのかしら?







隣の建物はホームセンター
ホームセンターなんて海外でなかなか見る機会ないです(私だけ?)。



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便座。
かわいい!!
こんな便座だったらトイレにこもっちゃう。



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階段が単品で売ってます。
2割引き。
この機会にいかが?





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これ、電気の傘。
斬新すぎ。







はい。メインディッシュは、スーパーマーケット


ここのスーパーは、
でかい、安い、品ぞろえ豊富。
おまけに新鮮。




にんじん一本2円。
マッシュルーム(もちろん生)1個1円。
ミスドのエンゼルクリームみたいの一個17円。
パン1個8円。
缶詰10円から。
ラスク2ℓのビニール袋いっぱいで50円。


あははははははは
安すぎて笑いが止まらん。

ブロッコリーでもないカリフラワーのような野菜とか、
シナモンスティックはパック詰め。
スーパーで鮮魚が売ってたのは嬉しいよね。
冷凍食品が量り売りってのも嬉しいな。

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すしもあった。

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一番うれしいのは、ほとんどが少数単位で買えること
移動の多い旅でかつ一人だと、いくら安くても大量消費することも持ち運ぶのも困難であります。
あと匂いの強いもの・生ものも。

ちなみに私の場合、消費しやすい食材として、トマトと玉ねぎとジャガイモとパプリカとベーコンに日ごろからお世話になってます。








話がそれましたが、
宿の管理人のウクライナ人の兄ちゃんに、
「あそこのショッピングモールのスーパーって超安いよね。リヴィウで一番安いんじゃない?」
というと、
「METROっていうスーパーの方が安いよ」と鼻で笑われました・・・。

というわけで、またバスに揺られてMETROに行ってきた。

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ここは入場にIDがいるのですね。
パスポート持っててよかった。
ここは、業務用スーパーって感じ。

トイレットペーパー6個入りで100円とか。
玉ねぎ3キロとか。
マヨネーズ一箱とか。

けど、思ったほど安くないし、ものによっては高い。
小売りもあまりない。

なので、こっちは旅行者向けではないと思います。




・・・はっ!
現地の人の生活を見たいのに、旅人目線で見ちゃったよ・・・。




ここで暮らしている人には、ストックできる安いものもいっぱいあったので
METROとモールのスーパーと街にある市場を使い分けているのでしょうか。



暮らしている人の生活を覗くのって、ホントに楽しい。
物価の基準も知れるし、
調味料見るのとかも好きです。

[2012/10/27 07:28] | ウクライナ その2
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暗い歴史を持つポーランドのクラクフですが、
現在はとても素敵な街だと思います。

街並みは、以前のブログで紹介した通り。





私がついこの街に5泊もしてしまったのは、
決してアウシュビッツのガイドの予約の日程の都合だけが理由ではありません。





宿から徒歩5分のところにあるユダヤ人街に、ついつい通ってしまったから。


何が魅力って、







ステキなカフェや雑貨屋さんがたくさんあるんです☆




夕方から、雑貨屋さんをぶらぶらめぐり、
その後、西日の当たるカフェでお茶してのんびりするのが私の日課になってました。


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のんびりできるっていいね。
色んな事が見えてきます。










これはユダヤ人街ではないですが、
ブダペストの宿で会い、今回アウシュビッツを一緒に行ったケンさんと
BARで初めてビールタワーを頼みました。

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なぜか全然泡立ちませんでした・・・。

でも楽しかった。







クラクフの見どころは、
旧市街とアウシュビッツのみにあらず!
と、声を大にして言いたい。

[2012/10/25 06:05] | ポーランド
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オシフェンチム、
ドイツ名アウシュビッツ。







その名を知らない人はいないのではないかと思う、負の世界遺産。






ここで起きたことはあまりにも有名で、
あまりにも残虐で、


けれど想像しがたい美しい自然に囲まれたところにあった。











ここではガイドなしでは入場できない時間がある。
いつもは英語ガイドで、分かったような気になって回ることもあるけれど、
今回は、日本語ガイドを事前にお願いしていた。
ここだけは、ネイティブな言語できちんと理解したいと思っていた。




有名な『働けば自由になれる』のスローガン。

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しかし、ここに連れてこられた人たちの80%はこの門をくぐることなく、
ガス室に送られた。
高齢者や子供、障害者は無条件に。

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そして顔色だけで生死を判断された。

―――――――『選別』だ。

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いくつも並ぶこの建物には、一棟に700人も収容された。

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私の中にあったポーランドのイメージは、アウシュビッツとレンガ造りの建物。
そのイメージはすべてここから来ていたのだと思う。






囚人はユダヤ人のイメージが強いが、
政治犯やポーランド人、同性愛者、ロマ(ジプシー)らも収容されていた。
しかしその多くはやはりユダヤ人だった。

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『ユダヤ人絶滅』
それが当時のナチスの目標。

それは『ユダヤ人によってドイツ人が脅かされている』
という思想があったという。

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ユダヤ人を『騙して』連れてきた場所がここ



『絶滅収容所』

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荷物(多くの人は全財産・家財道具をもってきていた)はすべて没収。
身に着けていたもの・髪の毛に至るまですべて取り上げられた。

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そしてそれらはすべて、ドイツによって利用された。
お金は戦争の資金に
髪は布地に
収容された人々は労働力に
一部の人は人体実験に・・・。


しかし、報告書には当然、
それらが『アウシュビッツでユダヤ人から没収したもの』とは記載されることはなかった。









ガス室は、寒気がするほど冷たい空気が漂っていた。
ここで一度に1500人もの人が、チクロンBという殺虫剤を使って殺された。
このチクロンBを製造している会社は有名企業で、現存だ。

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殺された囚人は、囚人によって焼却処分された。

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収容された人は人としての道徳を捨てざるをえず、
人として扱われることなく、
激務や飢えや病気や見せしめ処刑や自殺や様々な理由で命を落としていった。
たった、3か月程度で。

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一体どれほどの人がここで働き、そしてどれほどの人が自由を手に入れることができたのだろう。










死の壁にはいつも花がそえられている。
モナコの王女様が最近訪問したそうだ。

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囚人が囚人を管理し、
囚人が囚人を処分する。
収容所を管理するSS将校が直接手を下さなくてもよいシステムが、罪悪感を持たせなかったという。

囚人は奴隷、いや、ゴミのように扱われた。









アウシュビッツ強制収容所一号棟、いわゆる『アウシュビッツ』から2キロほど離れたところに
更に広大な収容所があった。
ビルケナウだ。

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ここは、アウシュビッツよりもずっと劣悪な環境にあったことがすぐに分かった。
しっかりしたレンガ造りの建物であったアウシュビッツに比べ、
ここは隙間風のビュービュー入る木造。
そしてかび臭い。
腐ったワラをひいただけのところに4~5人寝かされたという。
冬は-20℃にもなるというポーランド。
一応暖炉は焚かれるが、その周りに監視役の囚人が占領し、一晩に何人の人が凍死したことだろう。

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トイレも穴の開いているだけのところに一斉に順番にする。
ひとり15~20秒程度しかなかった。
行きたいときに自由に行けるわけもなく、
紙も水もプライバシーも何もない。

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ここのガス室は、ナチスが証拠隠滅のために、撤退直前に破壊していった。

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何人ものイスラエル人が、イスラエルの国旗を背負ってここを訪れる。
彼ら目には、ここがどのように映っているのだろうか。

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『ユダヤ人』とはなんだろう。
なぜこのような目に遭わなければならなかったのだろう。
『ユダヤ人』というだけで。


ユダヤ人迫害の歴史をたどると、
キリストの時代までさかのぼることになる。
キリストを磔にしたのは、ユダヤ人と言われている。
そこからキリスト教が派生したわけだけど、
もともとはイエスキリストもユダヤ人であり、ユダヤ教もキリスト教も同じ一つの宗教だったはずだ。



クラクフのユダヤ人街を歩いていても、
私にはユダヤ人が誰なのかさっぱり分からなかった。
これまでこの旅で出会った人の中に『ユダヤ人』はきっといたと思うし、助けてくれた人もいるかもしれない。
改宗したり、他民族や他宗教者と結婚するのが当たり前のこの時代に、
『ユダヤ人』『日本人』『ドイツ人』などというカテゴリーや定義が本当に必要なのか。
それは周囲の人が『安心するため』に作っておきたいことなのではないか。
私は『私』なのだ。

『ユダヤ人』のイメージ、
『ドイツ人』のイメージ

色んなイメージだけが先行し、イメージだけの判断。
アウシュビッツはそんな『イメージ』が作り上げた場所だった。
イメージだけで判断するのは危険なこと。

東欧・旧ソ連の国は『怖い・寒い・謎のイメージ』しかなかった。
けれど、来てみて、それとはまったく違ったものだということに気づく。
やさしい人が多い。
ご飯がおいしい。
物価が安い。
自然が多い。
思ったより暖かかったり、思ったより寒ったり。
のんびりした町だったり、せかせかした町だったり。
非常に都会だったりする。
ここだけではない。東欧だけでなく、あらゆる国・都市・街・地域でだ。
旅をしていて、そういう『イメージの打開』は日常だ。
そのまえは『イメージの先行』だったり『何もないイメージ=謎=不安感』だったり。

そう、イメージだけで語ることなどできないのだ。





アウシュビッツだけではない、これら強制収容所で実際に起きたことは事実だ。
モノクロの写真や映像でしか知らない世界だったので
ここにきて、色つきの鮮やかな黄色に染まった景色の中で、それがはじめは信じられなかった。
けれど、私たちはモノクロしか知らなくても、
当時は、色つきの世界に生きる『現代』『今』だったのだ。
たった70年前のこと。

他人事ではない。
今、ふと乗ったバスが、何の予告もなく強制収容所に向かったら・・・。
下車直後に『死の選別』をされたら・・・。
それが政府の政策だったら・・・。




これらをやってきたアウシュビッツ・強制収容所・ナチス政権・ヒトラー・ドイツ。
確かに残虐という言葉では言い尽くせない。
果てしなく間違ったことには相違ない。
ここで起こったことだけを見ればそうだろう。
けれど、何故このようなことが起きたのか。
当時のドイツの社会情勢・国際情勢・第二次世界大戦の原因・・・
そういったハード面も知ると、
必ずしもドイツだけに責任があるとも思えない。



難しい問題ではあるが、一人ひとり考えてほしい。
と、ガイドの中谷さんが繰り返し言われていた言葉が胸に響く。

[2012/10/25 05:25] | ポーランド
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ガイドブックには旧市街のことがメインで紹介されているので、滞在日数が少ないと足を運ぶ人も少ないのかもしれませんが、
クラクフにはかつてユダヤ人ゲットーがありました。



昔は旧市街にもユダヤ人は住んでいたそうですが、
旧市街の外にユダヤ人街を作って住まわせられ、
ナチス政権下では川の対岸の「ゲットー」に移住させられました。



丁度、私が泊まった宿がユダヤ人街からほんの5分の場所だったので、
なんだかんだ毎日通ってました。




ユダヤ教寺院・シナゴーグに初めて入ったのは、一か月ほど前でしたが、
ユダヤ教について何も知らなかった私がそこで初めて感じたのは、
「十字架やキリスト像がないだけで、キリスト教の教会と似ている」
ということ。

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そりゃそうです。
キリスト教はユダヤ教から派生した宗教、
ユダヤ教の聖典はキリスト教で言うところの『旧約聖書』なのです。





それからユダヤ人が迫害される理由や、そもそもユダヤ人とはなんなのかとか
第二次世界大戦とか、ナチス政権のこととか
まじめに勉強しました。
といっても、基礎中の基礎レベルにすぎません。
今まで知らなさすぎたのです。

ユダヤ人のことについては次回のブログでも少し触れたいとおもいます。



あの巨匠・スピルバーグの映画『シンドラーのリスト』はクラクフを舞台にした話ですが
それが実話だったというも初めて知りました。



ユダヤ人ゲットーのあった場所からすぐのところにシンドラーの工場跡があり
現在はクラクフ歴史博物館として公開されています。

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シンドラーの工場で働いていたユダヤ人のインタビューのVTRや
写真や手紙、武器の展示
当時の生活風景の再現展示などもありました。

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ここで、ほんの一握りかも知れないけど、たしかに『人の命』が救われた。
一歩間違えば『政治犯』としてアウシュビッツ行きになるかもしれない。
自分ならあの状況下で、状況下でなくてもそれができるか―――。


この工場の少し先にはロケを行ったという建物があるらしいのですが、
今回はロケ地めぐりが目的ではないので行ってません。





現在、当然ですが、当時ゲットーを囲っていた高い塀は取り払われています。
ほんの一部、その事実を忘れないために残されていました。
はっきり言って、ベルリンの壁も恐ろしく感じたけど、
それ以上に恐ろしいものを感じた。

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壁や囲いなんてあっちゃダメだ。

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ゲットーだった場所を歩いていても、今はその境が分からない。
ゲットーとその外をつなぐゲートがあった場所も分からない。
それが当たり前でなくちゃだめだ。






ゲットーがあった場所の町は静かでした。
ちょっと物寂しい感じもしました。
でも、カフェに人が集まっていたり、
家々から生活のにおいや音がするのがホッとさせてくれた。

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映画でしかしか知らない世界が、今自分が立っている場所で実際に行われていた。


こんな場所が、当時のドイツ領にたくさんたくさんあったはず。
ここだけではない。

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そんな思いを胸に、アウシュビッツ強制収容所に行きます。

[2012/10/22 19:35] | ポーランド
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グダンスク人
シンドラーのホーロー工場は、もともと戦前からポーランドにあったポーランド資本のホーロー工場を、ナチスが奪って、当時ナチス党員だったシンドラーが賄賂を贈って特別安く払い下げを受けたものです。

戦後は、シンドラーからホーロー工場を取り戻したポーランド政府が経営し、その後民主化で民営化され、現在でも、その博物館とは別の場所として操業し、世界各国に製品を輸出して業績も大変に順調です。

工場の名前はエマリア・オルクシュといいまして、エマリアの製品は日本にも輸出され、そのぽってりしたかわいいデザインと色使いが女性に大人気です。
数年前にロゴを変えまして、eの字がぐるぐるとなった感じのかわいいロゴになっています。

エマリアのホーロー製品はクラクフではもちろんとても安く手に入りますので、いちどキッチン用品店を見てみてください。
マグカップがお勧めです。そちらで滞在中にも使えますし。

えみりあさんのEmilia、エマリアのEmalia、名前がそっくりですね!

シンドラーのリストには、こんなハッピーな後日談があったんです、というお話でした。

Re: タイトルなし
えみりあ
≫グダンスク人さん

ステキな後日談ですね。ありがとうございます。
シンドラーの工場が別の場所で現存しているということは初めて知りました。
しかも世界中で愛される製品であるということ、素晴らしいですね。

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クラクフに来ました。



ここはあの『アウシュビッツ強制労働所』の拠点となる街です。
当時は拠点もクソもなかっただろうけど、
そんなアウシュビッツの話はまた後日。






今回は久々の街歩きシリーズです。
いつぶり?





クラクフは第二次世界大戦で国中が戦火に見舞われた中で
奇跡的に無傷で、中世の街並みが現存する世界遺産の一つです。

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会う人みんなが『クラクフサイコー』を合言葉のように言ってました。






旧市街は一部城壁も残っているようですが、

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公園のような遊歩道に囲まれています。

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こんなかんじがぐるり。








旧市街には教会がたくさん。

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街の中心部にはヨーロッパ最大級の中世から残る広場があります。

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街にあるマックは洞窟マックと言われているらしいのですが、
思ったほど洞窟ではありませんでした。

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ワクワクして行って残念完満載。
ちなみにここで『ハンバーガー』って注文したら
紅茶が出てきた。
なんでやねん。






旧市街の南には王宮があります。

そのすぐそばある竜のモニュメントを見てたら

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火ぃ吹きました・・・!!!!

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旧市街のそばの川沿いをお散歩。
絵になるわぁ。

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これ王宮ね。



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旧市街を出ると一気にのんびりまったりムード。
いいね。

私もこの街でのんびりまったり過ごすことに決定。

[2012/10/21 06:25] | ポーランド
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おせっかいかもしれませんが・・・
グダンスク人
はじめまして。
欧州でも、クラクフほど「公園都市」という言葉が似合う街は他にはないような気がします。

公園のなかに泊まって、公園の中に暮らして、公園の中で勉強をして、公園の中で働いて、公園の中で結婚して、公園の中で子育てをして、公園の中で生を閉じる、という街。
クラクフはそうやって何百年も過ごしてきた街ですが、いつまでもいつまでもこうでいてほしいです。

一昨年日本で公開されたポーランドのラブコメ映画で、『あなた、嘘をつかないで』というのがありましたが、そこでは男性のほうは「クラクフの街は全体が博物館みたいで退屈。ワルシャワは毎日がエキサイティングで好き。」と言ってるんですよね。
まあ上昇志向のある人にとってはそうでしょう。

この映画はYoutubeにありまして、00:50:25あたりからクラクフのシーンになりますので、時間があったら観てみてください。映像も綺麗で、ハッピーで素敵な映画ですよ(字幕なしでも楽しめますが、日本語字幕版は日本で手に入ります):
http://www.youtube.com/watch?v=9008tEzzIUI
(ストーリーなどは上記の邦題でウェブ検索してください。00:51:30あたりから男性の上記の「博物館(ムゼウム)・・・」のセリフです。映画の中ではレフ・ワレサ元大統領もサプライズ出演しておもしろい事言ってますよw)
これ観てクラクフを歩くともっとハッピーになれると思います。

追伸です
グダンスク人
あと、洞窟マックの売り文句の洞窟(カーヴ)は、自然洞窟のことではなく、ワイン貯蔵庫(ワインカーヴ)のことです。
あそこは14世紀に建てられた非常に古い建物の地下のワイン貯蔵庫で、おそらく世界のマックのなかで最も古い建物にあるのではないでしょうか。
民主化直後にマクドナルドが非常に安い家賃で長期契約したらしいです。
中世は温暖期だったので、クラクフやその周辺でもブドウが栽培され、さかんにワインが作られていたのです。

その後17世紀にかけて世界は寒冷期に入るのですが、ポーランドの衰退と、この時期の世界で頻発した大戦争は、この寒冷化と関係があります。
緯度の高いところで農作物とくに穀物が採れなくなりましたからね。

ハンバーガーは紅茶(ポーランド語でヘルバータ)と聞きとられてしまったのではないかと思います。
なんとなく響きが似ているでしょう?

Re: 追伸です
えみりあ
≫グダンスク人さん

はじめまして。コメントありがとうございます。
ご紹介いただいた映画、少し拝見しました。滞在している街並みが出てきてストーリーも素敵ですね。また、帰国したらゆっくりみたいと思います。
洞窟マック、最古のマックなんですね。知らなかったです。このあたりは地下フロアがこの洞窟マックと同じような内装がいくつかあって驚きました。これも歴史の一部なのですね。
とても貴重なお話、ありがとうございました。さらに深い滞在ができそうです。

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ただいまーっ!!!




ブダペストに戻ってきました。

ここに戻ってきた理由を述べると話が長くなるので省略。









今回のブダペスト、
なんだかんだ4泊くらいしたけど、毎日あっという間でした。




今回は、前回行けなかった、
『世界一美しいマック』には結局行けませんでしたが、

温泉に行ってきました。


ブダペストは温泉が有名。

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だいたい、海外の温泉っちゅーのは、35℃くらいのぬるい、深い、でかいところに
水着着て入るので、温水プール以外の何物でもないです。
と思います。

が、ここでは、42℃ありました。

感動でございます。



あぁーーーーって感じです。



この日は女性専用の日だったので、
水着なしの人もたくさんいました。

やっぱいいね、温泉。




入浴中の写真を期待した、そこのアナタ、残念でしたーーー。

いひひ。










あとは定番のフォアグラもカレーライスも貴腐ワインも今回も再び堪能したし、

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可愛い雑貨も堪能したし、こういうのめっちゃかわいい

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定番のブダペストの夜景ももう一度堪能したし、

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(マンガも読んだし)

あ、マンガで思い出したけど、パリに行く前にぜひ『ベルサイユのばら』を読んでもらいたい。








もう、ここで会ったみんな、ほんとにありがとうだよーーーっ


じゃ、

ポーランド行きまーす。

[2012/10/21 04:24] | ハンガリー その2
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最初、ベルリンの見どころは『壁』だけだと思ってました。


ベルリンはテクノの発祥らしいですが、あまり興味ないし。







でも、実際にトータルで一週間ほどゆっくり滞在してみて、
楽―しーかーっーた―――


ぶらぶら歩くのとか、
公園歩くのとか、
買い物したりとか、

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楽しかったー。





ヨーロッパ編始まってから、
特にお金と時間との戦いで
とにかく自分の行きたいところ・見たい観光地を優先してきたので
『のんびりする』『旅っていう生活する』ってことを忘れてました。
うっかり、うっかり。
リヴィウで思い出した。





シェンゲン協定の日数制限ももう大丈夫だし、
これからしばらくは、心の赴くままに。

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ホルンさん、ステキな家での生活、ありがとうございました。

[2012/10/18 05:45] | ドイツ その3
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チョコと言えばベルギーチョコ有名ですが、
ドイツのチョコもおいしいです。


例えば、キンダー
ミルクチョコとホワイトチョコのバランスがたまりません。
キンダーは、『子供の』っていう意味(美留町さんちのユウくん談)。






そして、リッタースポーツ


正方形の板チョコですが、いろんなフレーバーがあって楽しい。




街に出かけた時、このリッタースポーツの直売所に行ってみた。

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カラフルな椅子やテーブルはまさにリッタースポーツ。
店内は、リッタースポーツのチョコがいっぱい。
全部で何種類あるんだろう・・・。

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カフェや、オリジナルのチョコを作ってくれるコーナーもあった。

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9個も買ってしまったよ。

今日からチョコ三昧です。
あぁ、デブまっしぐら・・・。

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[2012/10/18 05:03] | ドイツ その3
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はじめまして
まり
いつも楽しそうなブログで元気をもらってます(^^)v

えみりあが元気そうで何よりです。
人参は食べられるようになりましたか??

私も先日までドイツに2週間ほど滞在してました。
(えみりあがシェンゲン協定非難するころね)

 キンダー美味しい!!
1人で食べるように買ったのに知らぬ間に娘にバクバク食べられてました。
ネーミングといいパッケージといい、まさにキンダー!

チョコ好きの私もドイツのチョコ美味しい!と感動して帰ってきました(^^)
その辺に売ってる安いチョコが美味しいのが嬉しいね♪

身体に気をつけて良い旅を続けてくださいね~(^^)/

Re: はじめまして
えみりあ
≫まりさん

コメントありがとうございます。
ドイツのチョコはホントにレベル高いですよね。
世界中においしいお菓子の誘惑が多くて困りますね(笑)

人参は・・・うん…まぁ、食べられます。

これからもよろしくお願いします。

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ベルリンの壁―――――




私は当時五歳くらいでしたが、『ベルリンの壁崩壊』のリアルタイムを知りません。
というか、覚えてません。


テレビでその後何度も流れた『あの歴史的事件』の映像で知ってるだけ。
内容も知ってはいるけど、・・・うーん。






歴史は好き(あくまでも好きであって得意ではない)なジャンルですが、
近代史だけは別です。
古代・中世史・日本で言えば江戸時代中期までは、その国の歴史の流れだけでよかったのに、他国とのつながりと言っても周辺国とのつながりだけでよかったのに、
近代になった途端、世界各国とのつながりががっつり出てくるので、
頭ン中、パニックです。
何故日本史なのにドイツやらアメリカやら出てくんの!?
世界大戦を勉強する以前に、国の地理が分からん!
近代史ほど、今生きている時代につながっているから、親近感もあるし分かりやすいという意見もありますが、私の場合は、現代に近いほど判明していることが多いので、知らないといけないことが多すぎ・複雑すぎ・覚えないといけないことが多すぎ!なのです。



我が家のテレビは小さい時から、毎日夜8時はチャンバラが必ずついてました。
チャンバラの世界は単純明快でおもしろいです。
父が月曜の夜は、水戸黄門をみて悪人を懲らしめないと一週間が始まらないと言っていた意味が分かります(笑)。
って、近代史が苦手なのとはあまり関係ないですね。





が、近代史の一大スペクタクル事件の舞台に来て、『知らない』では話にならないので一応勉強しました。
改めて勉強してもやっぱり難しかった・・・。











まぁ、そんなわけで、ベルリンの壁に行ってきました。


もちろん、現代においてそれは存在しませんが、
一部、 残されています。


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壁はアートとなっていて、1キロくらい続いています。
メッセージ性の強いものが多い。

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壁の高さは3mくらい。
間近で見ると超えれそうで越えられない、私には高い壁でしたが、
遠くから見ると向こうのビルや景色が見える低い壁。




こんなものがある日突然できて、遮断されてしまったら…

突然家族や友達と離れ離れになてしまったら…






こんな無機質なものが延々続いているのです。
そしてこの中と外では、全然違う世界。


脱国も命がけ。



壁崩壊の経緯は、なんと、『勘違い』からだったというし。
これはまさに『キセキの勘違い』。



ちなみに『壁』の反対側は、落書き・・・?

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今はこうやって『壁』を『観光』しに行けたり、
もちろん、こっちは東―、こっちは西―って行ったり来たりできるし
チェックポイント(イミグレ)があった場所は撮影スポットだし、
壁の破片が売ってたりと、
こうやって『観光』として扱えるようになったことが平和になった証なんだろね。

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『西ドイツ』『東ドイツ』とかじゃなくて『ドイツ』だし『ベルリン』だし。



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このかわいい信号機は、旧東ドイツからのものだそうです。
ベルリンの信号機と言えばこれ。
グッズもたくさんある。




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壁の破片・・・。
そこら辺の工事現場から失敬したんじゃないかと思っちゃいましたが、
記念に買ってみました。
タダのコンクリートの破片なのに高価です。




『世界平和』なんて言うのは簡単だけど、
今起きている世界中の戦争や、トラブルが、
『勘違い』で終結してくれたら・・・もちろん勘違いじゃなくても歩み寄りで一刻も早く終結することを願っています。

[2012/10/11 05:42] | ドイツ その3
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新津 実弘
ベルリンは今こうなってるんですね。 23年前旧ソ連滞在中にベルリンの壁が崩壊したのでしばらくそのニュースを知りませんでした。 ハンガリーに来たらやたらとベルリンに向かう旅行者が多いので気付きました。 西ベルリンに入るのに東ドイツを通過するだけなら、ヴィザなしでスタンプを押してくれました。 今思うと、ソ連、東ヨーロッパが激動の時代だったのかな。  ベルリンの壁のかけらはころがってたのをただで拾えたような気がします。    旅行してると国境や人種なんか気にならなくなるかも。どの国にも良い人も悪い人もいるから。

Re: タイトルなし
えみりあ
≫新津さん

お返事が遅くなりすみません。

当時は世界的ニュースと言えど混乱も多かったのでしょうね。
今、半分『歴史』としてベルリンを訪れ、それを見ることができる現状にとても感謝すべきことのような気がします。
人種なんて関係ない、私も強くそう思います。

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バスかベルリンのバスターミナルに到着した瞬間、なんだかとっても嬉しかった。



到着したのは、出発したと同じバスターミナル。
見覚えのある街並み。



ベルリンに『帰ってきた』という表現が一番ふさわしい。







いつもは、街に到着したら、大きな荷物を背負ったまま、まず町のツーリストインフォメーションを目指す。
そして予約した、もしくは目星を付けた宿の場所を確認し、そこへ向かう。
インフォの開いていない時間であれは、街の人に聞いたりする。
一応、事前に地図上でだいたいの地域は見ておくけど、やっぱりインフォで地図や情報が欲しいのでとにかく向かう。
宿に着いたらチェックインの作業。
時間が早ければ、まだ部屋に入れてもらえない。



知らない街で、言葉も通じない街で、交通機関もイマイチ分からないので、そして治安が悪いかもしれないので、とにかくエネルギーを使う作業。
時には、3時間くらいバックパックを背負ったまま、宿を探すこともある。





けれど、今、ベルリンではホルンさんちが私の宿。
チェックインの必要もないし、何より、場所も分かってる。



着いたら、
『チェックイン、プリーズ!!』
ではなくて
『ただいまー』
って言える、この幸せ、安心感。












ベルリン、すごく寒いです。
リヴィウより寒いかも。



なので暖房が欠かせない。


ホルンさんちの暖房は、


暖炉です。


しかも、中世のお屋敷にあるみたいな。

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しかし、生まれてこのかた、暖炉の生活なんぞ、初めて。

ホルンさんは、
「アウトドアと一緒よ」
なんて言ってたけど、恥ずかしながら、アウトドアも実践は無知(未経験)です。
火おこしとか、したことないです。


なので少々心配だったけど、ちゃんとできた。
よかったー。


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暖炉の火は暖かくて好き。
火を見てると落ち着く。



これが毎日の日課です。

[2012/10/09 06:43] | ドイツ その3
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シェンゲン協定からの日数稼ぎのためだけに選んだ、ウクライナ・リヴィウ。




ここを選んだ理由は、
ベルリンからの交通費が一番安い
長距離バスの日程が、ここが一番都合がいい
稼げる日数(滞在日数)が丁度いい



というだけ。

当初、10月3日のドイツの統一記念の様子も見れないってのが残念だった。






ウクライナ行のバスに乗りこんでから思い出したんだけど、
日本にいたころ、何度か通っていた地元のウクライナ料理屋の、ウクライナ人マダムとの会話。

えみりあ:ウクライナのおすすめの街はどこ?
マダム:キエフガ、イイ。
えみりあ:キエフ以外には?
マダム:ソレハムズカシイ・・・リヴィウ、イイトコロ
えみりあ:どんなところがいいの?
マダム:ソレハムズカシイ・・・。レキシガアル。ワタシ、ワカイコロ、イッタ。トテモウツクシイ。









ヨーロッパの旅は、特に、歴史の旅でもあったので、
わずかに残っている学生時代の世界史の知識と、
ふしぎ発見で学んだ知識に加えて、
入国前・もしくは観光の前にガイドブックの国の歴史を読み込んだり、
wikiで調べてから行くようにしてた。
といっても完全な知識ではないけど、知識がないよりまし。



ヨーロッパに入ってから特に、
これぞまさに『大人の社会見学』って感じ。
勉強×移動×観光×生活×出会い=旅


特に旧ユーゴ諸国をまわっているときは、
近代史が欠かせないのに加え、駆け足で移動していたので本当に忙しかった。









リヴィウは正直、今のタイミングで来る予定はなかったので
特に予習もせず、
のんびりして『街を感じる』滞在にしようと思った。





はっきり言って、シェンゲン避難っていうだけ。





でも、リヴィウ、すっごいよかった。

ご飯は美味しいし、
人は優しいし、
美女は多いし、
ステキなカフェは見つけられたし、
のどかで自然は多いし、
何より物価が安い。

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毎日だらだら過ごすのかと思いきや、
なんだかんだ街歩き楽しかったし、
そしてそして、この時期に恋のトンネルに行けたのが一番ラッキーだった。
もう少し遅かったら葉のないトンネルだったかも。それはそれで面白いかもしれんな(笑)。



久しぶりに観光に追われるのではなく、『街を感じる』ことができた。


リヴィウ、大好きな町の一つになった。






ベルリンに帰ります。

[2012/10/09 06:13] | ウクライナ
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南米・アルゼンチンのウシュアイアで出会った、世界一周中のノブさん・アサミさんご夫妻。
彼らはプロではないのですが、とっても素敵な写真と文章をいつもFBに載せてくれます。


彼らも今ヨーロッパを周遊中。
私も同じようなルートを進んでいるので、彼らの写真を見てつい、
「あっ、ここ行きたい」
「あの場所に行こう」
と行先を決めてしまうことがよくあります。




先日アップされていた写真。

あ・・・これ、知ってる。見たことある。

でも、どこにあるのかもどうやっていくのかも知らない。
見れば見るほど引き込まれていくその景色。

いきたい。
いきたい!!!
いきたい!!!!!!





場所は・・・




ウクライナのリヴィウ。

きゃーーっ!!行ける!!!!



彼らに連絡を取り、行きかたを詳しく教えてもらった。
彼ら自身もゼロからの情報収集で、行くのにもとても苦労したという。
交通の便が悪く、
リヴィウ市民も知らない、
現地の村人がかろうじて知っているかもしれない程度というこの場所、
方向音痴だし、大丈夫かなぁ。




しかし、彼らの的確な移動指示と、現地の村人の助言により、
私も何とか行くことができた。




それが、

『恋のトンネル』






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どこまでも続く緑のトンネルと線路。








後ろで『ガサッ』と音がしたので、野ウサギかなと思って振り返ると、


地元のおばあさんだった。

いきなり森から現れたのでビビった。
そしてトンネルを横切ってまた森へ入って行った。。。







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時を忘れてずんずん進みたくなる。


トンネルの出口はどんな景色なんだろう。




時間が止まったようだった。













すると、トンネルの向こうから近づいてくるものがある。

何だろう。近づいてみる。



目を疑った。
何度も目をこすった。

夢を見ているようだった。







ここは廃線ではなかったの・・・?






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現役でした。
ゆっくりゆっくり(駆け足くらい)の速度だけど、貨物列車が目の前ギリギリをすり抜けた。

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ウクライナの木々は黄色く色づき、
天然のじゅうたんがひかれる。
風は冷たく、
吐く息は白い。



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冬はもう目の前です。

[2012/10/06 08:16] | ウクライナ
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えみりあ
≫ちひろさん

コメントありがとうございます。
行きかたについては後日またお伝えさせていただきます(ちょっとお待ちください)。
東欧は私も最初は怖い・寒い・謎というイメージしかありませんでしたが、行ってみてとても魅力的な国が多かったです。
言葉がなかなか通じない(英語ができる人が少ない)というのはありましたが、それでも一生懸命伝えたい・わかりたいというお互いの想いがあればコミュニケーションはとれました。
機会があったら行ってみてください。


ちひろ
こんにちは。
お返事ありがとうございます^^
いろんな写真楽しみにしているので気を付けて旅を続けてくださいね!

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再出発してから3か月が経ちましたが、
禁断症状が出るほど和食が恋しくなるということはありません。




が。






ウクライナのリヴィウに来てなぜかSUSHI-BARが目につく。






リヴィウは内陸の街と言っても、ウクライナ自体海に面した国だし、
物価はすごく安いし、
スーパーでイクラ200g(ちょっ大き目の海苔の佃煮の瓶くらい)で150円というのを見つけてしまったので
ちょっと期待を持ってしまうわけです。



店の入り口でメニューと値段をチェックしてみると、
やっぱりローカルフードに比べたら高いけれど、
出せない値段設定ではない。


よし、ここは一丁頑張ってみますか!!



といっても、日本でも回転ずしくらいしか行ったことないので評価は期待できませんがね(笑)。









店に入ると、着物…というか浴衣を着た金髪のウクライナ人のねぇちゃんがお出迎え。

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彼女はウエルカム担当のようで、彼女以外に着物はいなかった。
流ちょうな英語で喫煙の有無を聞かれたので、禁煙席を希望すると、
「靴を脱いでついていただく席になりますが、いいですか?」
かまない・・・っていうか、それ、お座敷席のことですか!?
いやぁ、まさか外国で座敷に上がれるとは思ってなかったよ。
大歓迎っす。





座敷は、絨毯敷きに座椅子があって、めっちゃ和のもの集めた感じだった。
ロックなBGMと、ファッションショーのビデオ以外は。
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メニューはもちろん握りや軍艦や巻きずしもあるけど、
ほとんどは日本では見たことのないような寿司が目白押し。
カリフォルニアロールはもちろん、
巻きずしの天ぷらとか、
チーズの巻きずしとか・・・。

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ちなみに外国人にとって寿司と言えば、握りか巻き。
ちらしずしの類は、外国では寿司とは認められません。



握りは高いので普通の海鮮の巻きずしが食べたいのに・・・
必ずアボガドが入ってる。
っていうか、ほとんど魚と言えばサーモン。手に入りやすいからね。
まぁ、これも海外の常識です。


一番日本の刺身のお寿司に近いものを選んだ。

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あれーーーおいしいじゃん。
なかなかやるな。


中にきゅうりとアボガドが巻かれてて、
アボガドは使わないか、どうしても使いたいならもっと熟したやつの方がおしいんじゃないかなとは思ったけど、
これはあり。
お米もおいしい。
ガリもちょっとからかったけどおいしかった。


ちなみにこのお店では、板前さんも全員外国人でした。
・・・って、私(日本人)が外国人か、ここでは(笑)。
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天ぷらも頼んでみた。

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野菜のかき揚げと、イカ天。
天つゆはだしをもっと効かせて、もっとみりんを加えた方がおいしいかなとか
かき揚げの野菜はもう少し太くてもいいかなとか、
イカ天の衣が日本のと違いすぎて、完全にイカのフリッター(卵白で作るやつ)だったのは
まぁ、外国だしそれの方が現地でウケがいいならそれでいいと思ったけど、
大根おろしとおろししょうがまでついてくる本格派なのに、
そのおろしがカピッカビになってて、これ何日前のおろしよ??って感じだったのだけは残念。






せっかくなので緑茶も頼もうとしたら、
グリーンティーのメニューが15種類くらいあってビックリ。
一番上は、なぜか『中国茶』だった。
いやいや、どうせなんだから『日本の緑茶』にしてよ。
テーブル担当してくれたお兄さんに日本茶欲しいって言ったら、
「日本茶…日本茶…?」って反応(笑)。
彼もよくわかってなさそうだったので、『Japanese~』って書いてあったのを選んだら、
ちゃんと急須に入れて持ってきてくれたはいいけど、
薄―――いジャスミンティーでした。
しかも砂糖とティースプーン付き。
緑茶に砂糖も海外の常識ですね。

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でも、寿司に甘~い緑茶は気持ち悪い・・・。





担当してくれたお兄さんは、私が日本人とわかると、めちゃめちゃ緊張してて、
物を運ぶ手がぷるぷる震えてた。
そんなビビらんでもいいやん。
私ゃ、日本人だって言っても回転すししか知らないんだよ~
急須の口から垂れた水も、ナプキンで拭いてくれる気ぃ遣い(笑)。
ただね、客に座敷では靴脱いでくださいって言っておきながら、
おたくらが土足で上がるのはやめようよ。
いちいち靴脱ぐのが面倒なら、サンダルを履け。


というのは、日本人の感覚ですが、
欧米では、室内土足だし、かと思えば、くつろぎタイムではどこでも靴下や裸足で歩き回る文化なので、誰も気にしてないんだろうね、たぶん。






ここでは、誰もフォークで食べている人を見なかった。
割りばしか、福祉用具にあるようなバネの付いたはしのどちらか。
はし文化になれない欧米人は皆苦戦してましたが、
本人がそれを望んでいるならいいけど、フォークという選択肢があってもいいのではないかな。
ちなみに私は割りばしか、バネ付きのはしかの二択でした。









いやぁ、ここまで欧米のSUSHI-BARが日本と大違いだとは思わなかった。
おもしろい体験ができました。
文化の違い・感覚の違い・考え方の違い・・・
魚の種類一つにしても全然違っておもしろいね。
日本の寿司の感覚で行くと、ツッコみどころがいっぱいありすぎ。
SUSHIと寿司とは違う食べ物なんだということがよーくわかった。



逆に言えば、私も日本で食べたイタリアンとかカレーとかの他国籍の料理は、現地で実際に食べると違うなって思うことが多い。
味付けや、スタイルや、具材やスパイス・・・。
日本で食べる料理はやっぱり日本に合わせたものだから、ジャパニーズイタリアンだし、ジャパニーズカレーライスだもんね。
それと同じことだった。
逆体験。







店を出るとき、浴衣のウエルカムねぇさんに感想を求められので、
「日本とは少し違ったけど、よかったよ」っていっときました。
日本のものがそのまま海外で受け入れられるはずはないし、
この店のスタイルが、この土地でのウケがいいならそれに合わせて磨いて行けばいいとおもう。



ちなみに、スーパーで買った激安イクラ、
生臭い塩辛いゼリーみたいで、全然イクラと違―――う!!
めちゃめちゃマズかった・・・。

[2012/10/05 05:41] | ウクライナ
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とる
仕事柄、現地で日本料理食べることが多いけど、期待したらダメだよねー。特に鮨は鮮度が命だからよっぽど精通してる人じゃないと難しいと思う。逆に言うと握りを食べればその店のレベルがわかる。と俺は思ってる。

Re: タイトルなし
えみりあ
≫とおるくん
仕事で和食食べれるってうらやましいね!!
確かに期待せずに行ってちょうどいいかも。

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長期でヨーロッパを旅するうえで気を付けること。

一に予算
二に予算、
三・四がなくて五に予算




という気持ちでいっぱいですが、

これも忘れないで。
シェンゲン協定!!



シェンゲン協定を結んでいる国は、半年間で90日まで滞在できるというルールです。




シェンゲン協定を結んでいる国間は、自由に行き来できるから
例えばポルトガルからスペインに入るときにはパスポート、ノーチェックだった。



半年間で90日なので、
私の場合、4月10日くらいに南米からスペインに入ったから、
9月10日頃にリセットされるんだよねー。
でも、もう半年経ってリセットされてるから日数は気にしなくてもいいんだ―





と思いながら呑気でいましたが、
10月1日の朝、念のためもう一度数え直してみた。


4月10日入国でしょ。
5月・・・6月・・・7月・・・・・・・・・



・・・・・??


・・・・・・・・・・!!!!!!!



10月10日が半年やん!!!!!


ちょ・・・!!
90日リミットはどうなってる??

1・・・2・・・3・・・4・・・・・・・




ぬぉぉぉおおおおお!!!
あと8日やん!!!

あぶねーーーーーっ


ってことは、半年期限が終わる10月10日までのうち8日しかシェンゲン協定国に滞在できないってことじゃん。

差、たった3日やん。



ただ、自信持って言えないのは『半年』の定義。
183日を半年とするのか、月極めで半年にするのかよくわかんない。
183日定義ならギリギリおっけーな気がする。
けど、もしこれがアウトだった場合、罰金だけでおとがめなしならいいけど、
二度と入国できませんなんてことになったらシャレにならん。
というか、世界のルールなので破るわけにはいきません。

小心者なのでいちおー。




ここドイツも協定の加盟国なので、8日以内に非加盟国に行かないといけないのだ。





その晩、ネットにかじりついてプランニングしましたさ。
安く行ける非協定国はどこか、
いつの便ならあるのか、
往復でドイツに戻るか、そのままアウトするか・・・。







出した結論は、


翌日(10月2日)の夜行バスで、ウクライナ行く。
んで、6日の夜行バスでベルリン戻ってくる。
って言っても、ウクライナのど真ん中にある首都キエフまで行くと距離が伸びて高くつくので、西側の国境に近いリヴィウという街にした。


悲しいことに、値段や日にちを考えるとこれが最良なんでした。
ポーランド一国をまたぐけれど、移動費は一番安いし(と言っても往復で€120もした・・・。バルカンまで行くともっと値が張るよ、一番近そうなクロアチアなんて片道€100越えだったよ、奥さん!)
このバスを逃すと次のバスは私のシェンゲン切れ後になっちまう。

これはあくまでもシェンゲン避難です。






あぁ、一年旅してきたけど、ここまで唐突にルートや行先決めて国またぐ長距離移動なんて初めてだ。


夜、突然ルーティングして、予定してなかった行先決めて、
翌朝起きて、チケット取りに行って、
家に戻って、パッキングして、お弁当作って
すぐに国をまたぐ長距離移動の旅に出発。


このブログ読んだオカンに
「あんたは計画性がなさすぎるんだわ!!」って言われそうですが、
今日たまたま電話して話してたら、よくわからんっていわれました。
むしろ、ウクライナに行きについて、本っ気で心配された。
旧東ドイツ・ソ連あたりのイメージでしょう。




けど、数え直してよかったし、ギリギリだったけど間に合ってよかった。
ラッキーでした。


あれもこれも全部、エジプト行の飛行機に乗れなかったせいだ!!
だから日数がギリアウトなんだ!
ま、それも自分の落ち度なんだけど。
あの時は、私のノートの中ではエジプト行こうが行くまいが、なぜかシェンゲンクリアだったし。





ホルンさんちでのんびりしようと思ったら、翌日からしばらく旅に出ることになってしまった。
トホホ。。。

それではシェンゲンから避難してきます。

[2012/10/05 04:20] | ドイツ その2
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今から一年以上前、
東日本大震災から4か月後の夏、
私は仙台にいました。


そこでボランティア活動・拠点としていた宿で、
同じくボランティアに来ていたホルンさんという女性と知り合いました。


彼女はドイツ在住の日本人女性ですが、
まさに日本語を話す、日本人の顔をしたドイツ人です。



彼女から、
ベルリンはとても良いところだから、もしベルリンに来ることがあればうちのアパートを使ったらいいわ。ただし、私が旅行に行っていて、家にいない間だけね。
という神の声にも似た言葉を頂き、
今回、2週間のホルンさんの海外旅行期間に合わせて図々しくも本当に来ちゃいました。







ホルンさんちは
えっ、ホントにここ使っていいんですか・・・??
っていうくらいすてきなところ。

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ゆっくりここを拠点に市内観光したり、周辺国まわったり、
のんびり『暮らそう』!!




と思いきや、そうもいかない事態に気づいてしまったのでした。

つづく。

[2012/10/05 03:56] | ドイツ その2
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ハンガリーのブダペストから、ドイツのミュンヘンへ向かう夜行列車。
席は6人掛けのコンパーメントだった。
相席の男性は、
サスペンダーの付いたショートパンツに、膝までのニットのハイソックス、藍のチェックのカッターシャツ・・・。



ここヨーロッパでしょ?
ヨーロッパの人ってこんなダサい格好で街歩いてたっけ・・・?

という不安を隠せないまま、ミュンヘンに到着。
3時間半遅れにもかかわらず温かく迎えてくださったのは
ミュンヘン在住の美留町さんご一家でした。



美留町さんご一家とは、スイスのマイエンフェルトの宿(あのわらのベッドの宿!)でお会いし、
今回私がミュンヘンに行くということでいろいろ案内してくださいました。





今回の目的はまさに、オクトーバーフェスト!!

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ドイツきってのお祭り。
基本、お祭りはちょっと苦手な私ですが、ビール祭りとあれば別物(笑)。









この日は雨にもかかわらず、まだ昼間にもかかわらず、
人・人・人!!!

土曜日かつオクトーバーフェスト効果すごい!!

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この時期限定遊園も併設。くるくる回る系が多かった。

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もちろんおいしいフランクフルトの屋台もあります。前腕より長いフランクフルト。




ビール飲むテントはどこもいっぱいで入れず、
でもほんとに『お祭り』。
ドイツ人の陽気な酔っ払い方に、こちらも気分がよくなっちゃう。


開場には、夕べの列車のお兄さんみたいな格好した人がいっぱい。
女性も白いブラウスにヒラヒラスカート。

美留町さんちの、ユウくん・アヤちゃんもこれ着て参加。
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すごくステキ☆


そう、これは民族衣装だそうで、これを着て参加するのが流行らしいです。
日本で言う、浴衣着て花火に行く感じ。
いやぁ、衣装かわいいよ。
ダサいなんて誰が言ったよ!!??


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会場近くの教会の塔に登ったら、会場が見えた。
すごい人!

ドイツの街並みは旧市街じゃなくても、オレンジの屋根が広がっていてステキ。
統一性が美しさの秘訣ですね。
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街のカフェで地ビール飲んだり、
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旧市街の仕掛け時計見たり、
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レジデンス行ったり。
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ご自宅でご飯(しかも日本のカレーライス)やシャワーまでいただいたり、
めちゃくちゃよくしていただきました。


本当に日本みたいな空間で、
友達の家に遊びに行ってるみたいで、
本当に楽しかった。

ドイツ在住という視点でいろんな話も聞けて興味深かった。
旅をしているだけでは見えないドイツが本当にたくさんある。





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美留町さん、ありがとうございました。

[2012/10/05 03:50] | ドイツ その2
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ハンガリーのブダペストは日本人宿・アンダンテに。








なぜなら・・・









フォアグラを食べたいからだ――――――っ




世界三大珍味のひとつ、フォアグラ。

ここの宿でシェア飯でフォアグラを食べれるという噂を聞きつけたのだ。








市場でフォアグラ一個買って、みんなで調理した。


フォアグラのソテー・バルサミコソースがけ



あと、日本のカレーライスと、カプレーゼ。




めっちゃうまかったっす。

脂肪肝、やばい



あぁ、デブまっしぐら。
私も脂肪肝になりそう。



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写真提供:michiさん



一緒にいろんなとこ行った、
世界一周中ののりちゃんと、
同じく世界一周中のmichiさん
そしてポレポレご夫妻


めっちゃ楽しかったよー。




マンガもあって読みまくった。

あぁ、まだ足りない(笑)。




沈没要素がありすぎます。




夜遅くまで飲みながら語り合って、
日中は遊びまくって、
シェア飯して、


もう、ブログを書くヒマがないっ(←言い訳)。





また来ます、アンダンテ。

[2012/10/05 02:52] | ハンガリー
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