東へ東へ・・・目的地は、ずばり『日本』!
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バスターミナルを出て市内に向かっていくと
とんでもなく大きな敷地に、
とんでもなく立派な建物が現れた。



うわぁ!なんだこれはーー

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ルーマニアについて最近まで何も知らなかった。
世界のどこにあるのかも知らなかったし、
何が有名なのかも知らなかった。


ただ、重く暗いイメージだけがあった。





けれど、街の人はとっても優しくて親切で、
すぐに友達になれちゃうくらい。



先日のブカレストでの女子大生殺害事件とか、
ローマであったちーちゃんは犬にかまれたというし、
物をすられたとか、ニセ警官が多いとか、
本当にいい噂を聞かない街だったので
入国前からいつも以上にずっと気を張っていた。






ルーマニアのことを何も知らなかったので少し調べてみると、
近代史はおおむねこのような話。

第二次世界大戦後、共産主義国としての歩みを始めたルーマニアは、
輸出中心の経済・チャウシェスク大統領の独裁・恐怖政治が始まる。
一般市民は飢餓を強いられている中、チャウシェスクは私腹を肥やしていった。
キレた市民が革命を起こし、チャウシェスク大統領夫妻は公開処刑される。
その後民主化が進み現在に至る。





どこかで聞いたことのある話に似てるなぁ。。。

と思ったら、フランス革命そのまんまやん!!
これ、ほんの23年前の話です。





そう、あの立派な建物はチャウシェスクの私欲の宮殿。
ちなみに名前は
『国民の館』
ウケる。



床平面積は、アメリカのペンタゴンに次ぐ世界第二位らしいです
ケタが違う、ケタが!!
そして中はツアーで巡れるんだけど、
何とまぁ、よくもこれだけの贅沢ができるもんだと感心してしまう。
ちなみに地下最下層には核シェルターまであったそうですよ。
ツアーの二時間、あんぐり開いた口をふさぐことができなかった。

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その陰で一般市民が飢餓を強いられていたということを本人は知っていたのだろうか。
一説には、側近からの報告は良い報告しか受けていなかったらしい。









革命の舞台となった革命広場。
革命では多くの一般市民が犠牲になったという。

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街並みは、コンクリート固めた建物が埋め尽くされていて、息がつまりそう。
共産党時代の名残。

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やっぱり治安が悪いという現状は残っているし、
物乞いも多い。
今回の旅で訪れた国の中で一番路上生活者が多い国かも知れない。
路上で靴下を売って生計を立てている親子もいた。







それでもたまに近代的なビルやマックを見るとなんともほっとする。

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立派なホテルやブランドの店も並んでいる。
オシャレなカフェも多い。




格差は確かに大きく存在している。
でも、確実に民主化は進んでいる。





この国の経済も、治安も、人々の生活ももっと安定することを願うばかりです。



そして同じ歴史の失敗は繰り返さないことも。

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[2012/09/27 01:16] | ルーマニア
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ヨーロッパは広い?
いちいのおじさん
久しぶりです
ルーマニアは安全ですか・
昨日トルコがシリアに報復したとか
日本人女性ジャーナリストが殺害されたとか、
トルコまで軍隊出て怖いニュース聞きますが、危ないこと危険な思いしてませんか?気を付けてくださいね!

「いちいの杜は平和ですよ。」

Re: ヨーロッパは広い?
えみりあ
≫いちいのおじさんさん

ありがとうございます。
私がルーマニアにいたのは一週間以上前ですが、スリが多い・野犬が多いという程度で、夜出歩かない・手荷物に気を付けるなどしていれば大丈夫な治安レベルでした。 軍事的な治安の悪さは感じられませんでした。
今はウクライナにいますが、特に危険な様子はありません。
ニュースを聞いていると危険な地域が少しずつ増えている気がしますね。
とても残念です。
情勢に配慮しつつ、旅をしていきたいと思います。
いちいも平和でよかった。


日本は岐阜国体
いちいのおじさん
日本では今岐阜国体やってるよ。47年ぶりですって!
初日に水泳の平泳ぎで高校生が世界記録出してチョッと盛り上がってますよ。
関市でも、剣道、ラグビー、射撃、ゴルフやってて、先週わかくさプラザへ剣道見に行ってきました。
剣道は少年男子(高校生)がダメだったけど、あと全部、少年女子・青年男女、岐阜が優勝でした。

今日は関市中池でラグビーやってたから見に行ってきました。少年高校生ラグビー岐阜県は愛媛県に負けちゃったけどね。
国体見るの初めてだけど、わかくさも中池も国体はお祭りでした。

岐阜メモリアルへも行きたいけど、おじさんには、ウクライナ行くくらい大変だから迷ってます。



えみりあのおかげで、世界史も地理も勉強出来るから50過ぎて色々教わります。

チェルノブイリがウクライナにあるの勉強になりました。あとウクライナへ行くと美女に成るのもわかって、帰国が楽しみです。

内も外も美女でいい女に成って、元気に旅して下さい。


元々美女ですか!?(ビジョビジョなのは知ってますけどq( ゚д゚)p。。)

Re: 日本は岐阜国体
えみりあ
≫いちいのおじさんさん

国体!!日本にいるときは遠い先のことのような気がしてたけど、そんな時期なんですね。
やっぱ地元が好成績上げると盛り上がりますよね!
スポーツに興味がなくてもついつい新聞見ちゃってたなぁ。

えぇ、もともと美女ですよ。

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ソフィアから3時間、
はっきり言って、超・山奥
ブルガリア正教の総本山、リラの僧院があります。


世界遺産になってます。


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いやー、驚いた。

白と黒のしましま。

おしゃれやん!!



教会の外回廊はフレスコ画で埋め尽くされている。
すごくきれい。

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天井のフレスコ画に見とれていたら、
首が痛くなった。







自然の中で、自然の音しかしないし、雑念や雑音がないから
とっても気持ちよかったし、
祈りに集中できる環境だなって思った。

それにしても、冬は寒さが厳しそうです。

[2012/09/25 05:53] | ブルガリア
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ブルガリアの首都・ソフィア。



めっっっっちゃ寒いです。



ヒートテック着ても寒かった。
レインウエア羽織ってもまだ寒かった。

おまけに現地の人に表情がなく、
これに雨まで降ってしまうもんだからたまりません。



ブルガリア・・・、あぁブルガリア・・・。







そう、ブルガリアと言えばブルガリアヨーグルトなので
ベタですがヨーグルト食べ比べしたいと思いまーす。







スーパーに行くと、ヨーグルトいっぱいあった。
日本の3倍くらい?


厳選して3つ購入。

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驚くべきことに、一般的なサイズはワンカップ400g



明治ブルガリアヨーグルトのプレーンの大きいやつと同じくらい。
フルーツ味の食べきりサイズの倍以上。




いっこめ。
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プレーンでした。

うん、ふつーのヨーグルト。
おいしい。






この時点で満腹。
そりゃ、400gも食べれば・・・。




にこめ。
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イチゴ味の飲むヨーグルトだった。
日本のやつよりさらさらしていてゴクゴク飲めた。









さんこめ。



・・・ムリ。


もう入らん。




後日食べてみたら、これもふつーのプレーンでした。
味は・・・うん、おいしい。ちょっと濃厚?
(写真忘れた)




違いの分からない女、えみりあ。

総評して、ヨーグルトは美味しかったです。



ブルガリアを中心に、このあたりの国では料理にもヨーグルト使ってます。

[2012/09/25 05:47] | ブルガリア
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イスタンブールに来ました。



第一印象は、




ここは京都か!!!










イスラム寺院・モスクの数がめっちゃ多い。
そのモスクがここでは観光名所になっている。


そしてこの観光バスの数。

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この観光客の数。

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モスクの前の雰囲気。











京都みたいでしょ?









今までキリスト教国を旅することが多かったので、
今回、初めてモスクに入りました。

ブルーモスク。


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向かい合うように建っている赤い建物は
アヤソフィア・キリスト教の教会。

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ヨーロッパとアジアを結ぶ中継地点にあるここトルコを象徴するようです。






ここにはまた来るだろうなぁ。














バルカン半島に入ってから、半月。
ちょっと先を急いでいるものですから、
一泊してすぐ移動のスタンスで来てます。

『行きたいときに行きたいところへ』
という私のモットーとは矛盾しているようですが、
『急ぎ足でも行きたいところがある』
という気持ちで駆け抜けております。

物価の高い西ヨーロッパでさえ2~3泊していた、今までの私ののんびりスタンスとは打って変わり、かなり駆け足できてますが
いい加減疲れてきました。




そろそろゆっくりしたいと思います。

が、その前に、
今晩の夜行バスでブルガリアへ移動です。

[2012/09/20 03:06] | トルコ
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はじめてのソフィア
西川
リラ僧院にご一緒した岩手のおとうさんです。長期旅行というその勇気にまったく敬服です。すばらしい体験です。満足行くまで旅してください。

Re: はじめてのソフィア
えみりあ
≫西川さん

ソフィア・リラではお世話になりました。
いろんな話を聞けたり、本当に教わることがたくさんありました。
ありがとうございました。
これからの旅も楽しんでください。

楽しんでください
ひでやん
お便りありがとうございます。ソファ9/23投函のハガキ今日(10/29)届きました。
ハガキもあちらこちら旅したのかな?
nesebarで10/5投函のハガキは10/15に届きました。ゆっくり楽しんでください。旅行のお話楽しみです。

Re: 楽しんでください
えみりあ
≫ひでやんさん

コメントありがとうございます。
たくさん話ができるように、いろんなネタを仕入れときます!

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トロイの木馬を見たくて、
トロイ遺跡の拠点となるチャナッカレの街に到着したのが夕方前。

チャナッカレの街からトロイ遺跡までは、バスで40分。
そのバスも一日の本数は多くなく、
かなりの弾丸でトロイ観光してきました。


トロイの木馬でおなじみのあの神話が
ここでも実在した!!!


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クノッソスに引き続き、
聖母マリアの家と
今回のトロイ遺跡。


伝承と現実。
いやぁ、世界って面白い!!










今回のブログは、トロイ遺跡のことではなく、
チャナッカレでみつけたもの。


トロイ遺跡があまりに有名なので
拠点となるこのチャナッカレの街もトロイ旋風です。

港にはここにもトロイシリーズ。


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からの~







オブジェの動物たち。





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からの~






その家と友達。





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こんなピエロのゴミ箱があれば、ゴミ捨てるのが楽しくなるね☆

教育にすごくいいと思います。


そのためか、
ここトルコでもゴミが散乱していません。
トルコも、いくらここがアジア側と言っても十分ヨーロッパです。

(いや、アジアが汚いというわけではなく・・・。)









しかしまぁ、この港を歩いたのが夜だったで、
街灯に照らされるこのオブジェたちは、実に怖かったということも付け加えておこう。

[2012/09/20 02:36] | トルコ
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バルカン半島に入ってから、イスラム色が強くなってきて、
キリスト教文化よりも
イスラム教文化のほうが目立つようになってきた。



トルコに入国してからは、ほぼイスラム。





しかし、ここ、トルコのセルチュクには
最大級レベルのキリスト教聖地が実はあった。



ここには、イエスの12使徒のひとり、ヨハネの墓がある。


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6世紀に建てられた教会は、
教会というより城と言っても過言ではないほど広く大きく立派だった。




が、





現在は遺跡と化している。



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それでもヨハネの墓はとても丁寧に保存され、
現在も多くの人が祈りに訪れる。


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そしてもう一つ、ここから10キロ近く離れた山中に




聖母マリアの家がある。


聖母マリアは、イエスの死後、
ヨハネとともにこの地に流れ、ここで晩年を過ごしたとされている。

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ある修道女が、見たことも行ったこともない聖母マリアの家について語り、
そこには実際に1世紀に建てられた家の跡があったそうな。

その聖母マリアの家には、現在は礼拝堂が建てられている。


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聖書の話が、実際に存在した!!!


イスラエルからトルコの西海岸まで流れたってこと!!??
かなりの距離ありますけど!!



といっても、12使徒のひとり、ペドロの墓はバチカンのサンピエトロ聖堂にあるのだから
相当広範囲に散ったことがよくわかる。

地図で見ると鮮明に感じる。




聖書の話は、聖書の中だけの話だと思っていた。
聖書の話が現実に存在するとは思えなかった。

神話が実在したという話よりも、ずっと信じられない話のような気もするが
でもこれが事実だとしたら
というより、『聖地』として成り立っているのはすごい。



今までも、聖母の出現の地や信仰の地に訪れたけど、それはやっぱり私の中では『信仰の地』であって、
聖書と現実をつなげる場所に来ることとは全く別のことだった。


2000年前の伝承に記されたストーリーを
現在まで変わらず思い続けられる力、
それが宗教の力。



宗教の力を、時間の軸を通して改めて思い知った。






まさか、聖母マリアの晩年の地を訪れることになろうとは・・・。

[2012/09/20 01:30] | トルコ
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『青のシリーズ』おそらく最終回は、
パムッカレ行っときます。










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ここはスキー場・・・



ではなく、石灰棚



そしてそこに流れ込む温泉により、
水の青と石灰の白のコントラストが美しい。


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そう、温泉!!!
温泉!!温泉!!!!


しかもこの周囲には遺跡があり、
遺跡の中には温泉がある。

つまり、遺跡とともに温泉に入ります。


こんなかんじ。

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水深、およそ120㎝~2m。
水温は人肌程度。


まるで温水プールのごとく、人が泳ぐ。

もちろん、遺跡は触り放題、腰掛け放題(笑)。

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炭酸泉のようで、気泡が発生してます。

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コケもいっぱい浮いていて、まるで露店風呂とは言い難いけど、
楽しい体験ができました。










話を石灰棚に戻します。



石灰棚も歩いて、素足で通ることができ、
ミニ石灰棚状態の地面がいたるところに。

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そしてその石灰棚が本気を出すのは、やっぱり夕暮れ時




ピンクの景色に変わる。

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夕日もきれいだった。

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[2012/09/17 03:18] | トルコ
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mary
えみりあ元気そう!8/7に元気な男のコが産まれたよ!超大変な出産だったよー。出血多量で、はじめてICUにはいった笑。ちょうど飛行機に乗り遅れたくらいの時?笑!それすら読んでるこっちはおもろいー!引き続き、ナイスな旅をつづけてねー♡

Re: タイトルなし
えみりあ
≫maryちゃん

ご出産、おめでとうございます!!!
元気な子が生まれたんだね!!よかったー。
maryちゃんの体も心配。ゆっくり休んでください。
おめでとう。

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青の洞窟は、イタリアのカプリ島が有名ですが、
実はギリシャにもありました。

トルコに近いギリシャ領の島、カステロリゾ島。

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ローマで会った、ちーちゃんおすすめの場所。







水上タクシーでおよそ10分、
真っ青な海を走る。

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小さな洞窟に到着。
小舟がやっと通れるくらいの小さな穴に、船は入ります。

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そこは絶景でした。







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見たことない青さ、いや、藍さ


これはヤバい。







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ここは泳ぐこともでき、洞窟の外で待っていた船のおっちゃんに5分で戻ってこいと言われたけど、
この美しさに夢中になっていたら
5分なんてあっという間。
仕舞には、早く戻れと怒鳴られちゃった。




そんな水中は、

やっぱり藍かった!!!


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サントリーニ島の青と白の街並み、
カードの件(わけあって制限かけさせてもらいました。すいません)で青ざめ、
今回の青の洞窟と続いた
『青のシリーズ』、
まだ続きます。

[2012/09/17 01:06] | ギリシャ
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エーゲ海に浮かぶ島のうち、最も有名な島は

サントリーニ島でしょう!!



リゾート・景観・遺跡・ワインに魚…

見どころも多く、何をとってもハイクオリティーな島、サントリーニ島!!!




しかしながら、周りを見回すと、カップルか、夫婦か、少数のグルーブできている人ばかりで、
バックパッカーで、かつ独りってのは、
私と同じドミの推定イギリス人ジャックしかいないんじゃないか―???

その彼もなぜか夜が更ける前にチェックアウトしていったみたい。



って、ま、一人だろーが、そんなこと気にしてないけど、今さら。








サントリーニ島と言えば、あの街並みの美しさでしょう。

これはおさえとかないと。



ホラホラ。

ポストカードとかでよく見る、この街並み。

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青と白って、こんなに美しいのね・・・!!!
と、改めて痛感。
感激。

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そういえば、ギリシャの国旗も青と白の縞々にクロスが入ってたね。


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まさにそんな感じ、サントリーニ



あっぱれ、サントリーニ







サントリーニ島と言えば、夕日の美しいので有名らしく、
一説には、世界一美しい夕日とか。

まじかよー


自称夕日キラー(←うそ)のえみりあに、よく挑んだわね。
ふふふ。


日の入り2時間前から夕日スポットで待機して
夕日見た。


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ゆっくりゆっくり太陽が沈んで行って、
ゆっくりゆっくり太陽の色が赤くなっていって、
ゆっくりゆっくり空の色も、街の色も変わっていった。

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一日の中で、夕日の時間が一番好き。
夕日が一番きれいだと思う。


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この日は、水平線の上が霞がかっていて
沈む瞬間がボヤ―――――って終わってしまった。
それはそれできれいなんだけど、
私的には、沈む瞬間の地平線全部が色づく瞬間とか、
太陽が沈んでからの空の本気の赤さとかがすごくきれいだと思う。
沈む瞬間の太陽のエネルギーみたいなのが夕日の一番の魅力のような気がする。


そんなわけで私の中では、
サントリーニ島の夕日は世界一になれませんでした。
それどころか、ベスト3にも入れなかった・・・。
残念賞。。。

ちなみに一位はアマゾン河に落ちる夕日
二位は、まさかのウユニ塩湖の夕日
三位は、イースター島のモアイと見た夕日。
これからの旅で変動する可能性、大いにあります。どーなるのかなー。

サントリーニ島の名誉のために言っときますが、
他の人のブログなんかでは、めっちゃきれいな夕焼けを見たっていう報告もあるので、
時期や天気に寄るのかもしれない。
自然のことなので仕方ないです。
運だな、うん。

けど、沈む瞬間の太陽は、お漬物のみついのロゴに似てた。
漬物食べたい。
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夜景もきれいだったよ。
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[2012/09/14 03:43] | ギリシャ
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お久しぶり!
ヨシズミ
おひさ〜〜!
えみりあさん、エンジョイしてますなぁ(笑)
写真、ありがとうね!!
で、この記事にある建物や街並の写真が欲しいです〜!
お暇な時で良いので、フォト蔵にアップしてください。
よろしくお願いします!!

Re: お久しぶり!
えみりあ
≫ヨシズミさん

おひさしぶりです!!
毎日忙しく楽しんでますよ。
写真の件、今ちょっと移動続きでバタバタしているので、落ち着いたら取り掛かります。
少々お待ちください。

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海外を旅していると、時々、ジャパニーズ魂が燃え上がる瞬間があります。



今回も、やってきました。
その瞬間が!!






クレタ島に来て、中心地から少し離れた比較的マイナーとも取れるビーチ付近に泊まっていたので、
きっと魚が安い!美味い!

きっと、きっと・・・・!!!!!






バルカン半島に入ってから、
一泊して移動というスタンスがついてしまっているのと、
外食しても食費がそこまでかからないというのと、
楽を覚えてしまったために、
最近外食が続いています。
自炊してない・・・。








と言っても、魚料理は海の近くでもやっぱり高いけど、
もーーーーーぅ、我慢できなかっので、

ここらでいっときます。





マイ箸もって、食堂へ!!!



ちっちゃい鯛みたいなののグリルと、
ちっちゃい赤魚みたいなののフライと、
イカのフライ一切れと、
エビの素揚げと、
お米とサラダがついてるのを頼んだ。




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おっ、うまそー。






そうであります。
日本人であるがゆえに、


お魚をきれいに食べたいと思います。



黙々と魚と向き合うこと、数十分。


久々に箸を持ったので、手がつりそうになった・・・。




マナーとか、詳しくないけど、
身を余すことなく食べたつもり。

もちろん、頬肉も。







なきがら。

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そんな、ジャパニーズ魂が燃え上がる瞬間、ありませんか、長期旅行者の皆さん。










おまけ。
クレタ島のいたるところに貼ってあるポスター。




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西田敏行っぽくて笑えた。

[2012/09/10 07:46] | ギリシャ
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スクープ!!!なんて書いたけど、結構有名な話かもしれん(笑)。








ギリシャ神話のストーリーの中で、有名な、「ミノタウロス」の話。
ミノタウロスとは、頭が牛で、体が人間のやつです。

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ミノス王が神様との約束を破って、預かった牛を返さなかったので
怒った神様がミノス王の妃に牛との子を産ませた。
それがミノタウロスで、成長し、凶暴になり手に負えなくなったため、
ミノタウロスを、一度入ったら二度と出てこれなくなるという迷宮に閉じ込めたという話です。





そのミノタウロスの迷宮が、実在したんです。

ここ、ギリシャのクレタ島に。









紀元前1200年ごろまで存在したクノッソスの宮殿遺跡

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非常に規模の大きい宮殿でした。
しかも、地上三階建て。
一部復元されてました。
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そしてこの宮殿の地下には、



ミノタウロスの迷宮と言われる遺跡が・・・!!!!



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実際にそこに入ることはできなかったけど、ここが入口と思われる。
中はかなり複雑な作りになっていて、まさに迷宮だということです。






迷宮の方も気になりますが、地下室に入れないので仕方ないです。
地上の宮殿の方も、すごかった。
宮殿は、壁画が残っていて、かなり美しい。

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紀元前1200年とは思えない。
このイルカとか、やばいし。


ていうか、でかすぎて迷った。
地上なのに、見通しいいはずなのに迷った(笑)。





でも、ミノタウロスって一番の被害者なんじゃないかな。
半人半牛で生まれたら、嫌でも狂暴になるだろうし、
それで地下の迷宮に閉じ込められて。

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実際に人間と牛の間に子供ができるとは考えられないけど、
クレタ島には昔から、牛と交わる儀式というのが存在したという。



また、このミノスの王家の家紋が斧=ラブリュスをかたどられているのですが、
これが迷宮=ラビリンスの語源になったといわれています。


都市伝説好きには、たまらない遺跡だった。

[2012/09/10 07:20] | ギリシャ
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アテネ観光してへとへとになって休憩していた広場。




振り返ると、


ギリシャの雑誌か何かの撮影してました。



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ミーハーなので、じーーーーーっとみてた。








モデル、女性2名、男性2名。
それに対してディレクターみたいな人1名。
メイクさん1名。
カメラマン4名+観光客多数(自分含む)。






女性モデルさん、きれいだった。

男性モデルさん、かっこ・・・い・・・・い・・・・とおもう。



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あのね、服装があかんと思うの。


何でこのスニーカーに白のTシャツ?
なんであみあみメッシュのシャツ??
おまけに顔に靴墨みたいなメイク。
ピシッとスーツだったら鼻血吹けるのに(笑)。


多分、ワイルド系の撮影でしょうかね。



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ギリシャワイルドってこんな感じ??
うーーーーん・・・。
私の中でワイルドって、
少なくとももう少し、筋肉ムキムキ系なんだけど。
















おまけ。
アテネ観光の写真。

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[2012/09/10 06:09] | ギリシャ
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メテオラは、ギリシャの内陸部にある。
カランバカという町を拠点に行くらしいのですが、
そのカランバカに行くには、多くの場合、トリカラという長期旅行者にはヨダレが出そうな名前の街を経由していかねばなりません。




私は、アルバニアからギリシャのアテネ行きの長距離バスに乗り、
途中のトリカラで降りて、バスを乗り換えていく予定でした。


明け方4時に出発したアテネ行きのミニバスは、
途中の街でふつうの大型バスに乗り換え、ギリシャへ。
昼過ぎ、バスの車窓から『お~』を連発するような景色が見えてきた。
隣に座っていたおじさんが「あれがカランバカだよ」と教えてくれた。

私はあそこに向かうのかぁ。




しばらくして、休憩で停まったドライブインみたいなところで
運転手さんが、英語のできるカフェのお兄さんを連れて私のところへやってきた。

「きみのバスチケットは、トリカラで降りることになってるみたいだけど、
トリカラに行くの?
それとも、カランバカに行くの?
もし、カランバカに行くのであれば、ここから5分のところだからそこで降ろしてあげるよ」




やったーーーっ!!!
カランバカで、おねがいしまーす。







カランバカから行く、そのメテオラとはなんなのか。




これがメテオラだーっ






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岩がニョキニョキ生えてます。

岩っていうか、もう、巨石です。







おまけに、この木みたいな岩のてっぺんに、教会が建ってます。

しかも6つくらいあります。





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中世のころに建てられた教会らしいですが、
はっきり言って、この風景からして  です。









移動で疲れた体に鞭打って、到着後すぐにメテオラの教会めぐりに向かった。





一番近い教会まで、坂を上ること、30分。

行ったら、


クローズ。




何で?何で??
まだ閉館まで30分あるはず・・・




と思って、そばにいたおっちゃんに聞いてみたら、
アルバニアと一時間の時差があることが判明した・・・。
なんだそりゃ(笑)。




おっちゃんに、他の教会まで歩いたら、どれくらいかかるか聞いてみたら、
「歩いて行くつもりなのかい!!!???」と大変驚かれた。
ついには、おっちゃんの車でまだ開いている教会をいくつか連れてってくれることになった。


ちょっと待てよ。
ここは観光地だし、
おっちゃん、英語ペラペラだし、
やばい展開なんじゃない???

道は一本道なので、何かあったら飛び降りても何とかなるとは思ったけど、
問題は、自称ガイドってやつだよなー
10ユーロくらいはお礼に渡すつもりでいたけど、
100ユーロとか請求されたらどーしよー・・・。






なんてビビりながら教会と景色めぐり。




おっちゃん、いい人で、ホントに案内してくれただけでした。

疑ってごめんよ…

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このメテオラ、聖地としても成り立っているらしく、
これらの教会では、いまなお、厳格な生活を送っている修道士・修道女が暮らしています。

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20世紀初頭までは、この教会と下界とを結ぶ、物資や人の運搬は、
このようにロープでされていたらしい。

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写真撮影は禁止だったけど、
教会の古いフレスコ画も素晴らしかった。











それにしても、どうやってこんな景色ができたのかも不思議だし、
10年後に再び来てみたら、
この岩たちが5mくらい伸びていても不思議じゃないよなぁ。

[2012/09/07 22:42] | ギリシャ
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モンテネグロのコトルを、その日の一番早いバス(といっても12時過ぎ発だけど)で
アルバニアに向かった。







ウルツィニィという、モンテネグロの国境の町で乗り換えなきゃいけないんだけど、
ウルツィニィ到着、15時。
それ以降のアルバニア行きのバスありません。
まだ、陽も傾いてないのに・・・。

モンテネグロ国内で足止め。
仕方がないので、一泊してみたら、
ウルツィニィは、リゾート地でした。



ビーチを発見したので、宿に戻って水着に着替えて、またビーチに戻ってきたら、
ビーチ閉店。

引っ込みがつかないので、一応泳いどいた(南極ぶり!!)。
あまり透明度はないけれど、ローカルリゾートって感じでした。







翌朝、朝6時のバス(6時と12時半しかない)で今度こそアルバニアへ。
一回乗り換えして、首都までたったの3時間


やっぱり、ウルツィニィからアルバニア行きのバス、夕方にもう一本増便すべきと思います!!!




アルバニアのイメージは、完全に
人形の動物の王国のような、アラブの盗賊のようなイメージしかありません。


って、シルバニアとアリババかい!!!って突っ込み、お待ちしてます。




みんな、人がいいよっていうけど、それ以外の情報は特になし。
近年まで鎖国をしていたため、周辺国と比較してかなり遅れていると勝手に想像してました。



アルバニアの首都・メディナ、
噂通り、
人がめっゃ親切!!やさしい!!!南米並みに人がアツい!!!!!!


宿の場所を探していたら、自分も知らないのに「オレについてこい」といって一緒に探してくれるおっちゃんがいたり、
公園沿いの道を歩いていたら、いろいろと説明してくれ、通常ならガイド料請求されそうなところ、もちろんそういうのも一切ないおっちゃんがいたり、
とにかく面倒見がいい!!


それから、英語の通用度が思ったより高かった。
首都だから??


車がビュンビュン通ってるんだけど、
警察官が交通整理をしているところも多かったし、
はっきり言って久しぶりに「死にたくないよーっ」って言いながら渡った。
アルバニアの運転はちょっと危険。
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どんだけたくさんなの!!!ってくらいカフェたくさんあるし、
こんなオシャレな建物や、
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こんな素敵な教会や、
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こんなライトアップされた遊歩道まであった。
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まじ、驚いてばっか。



追い打ちをかけるように、
同じドミのアメリカ在住の韓国人・Maxが結構レベル高いレストランに連れてってくれて
ごちそうしてくれた。
エビのセビーチェ
(マリネみたいの)も食べた。
半生!半刺身!!ビバ!!!







そして翌朝は、早朝4時のバスでギリシャへ向かうのです。
朝4時しか空きのバスがないって聞いた時も、驚いた。
メディナはバスターミナルというものが存在しないことにも驚いたし、
そのバスが10人乗りのワゴンみたいので、
トランクもないからバックパック抱えて乗らなきゃいけなかったのにも驚いた。



いっときますが、ここ、一応ヨーロッパです。



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[2012/09/07 03:56] | アルバニア
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クロアチアのドブロブニクを後にした私は、
モンテネグロへ入国。


モンテネグロは6年位前にできたばっかりの国なんだって。

おー。6歳か。
小学生だね。




モンテネグロとは『黒い山』という意味らしく、
深い緑が生い茂った山が国土の多くを占めるというイメージを持てばいいのかしら。


けど、車窓からの実際はこんな感じ。

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あれ、『白い山』に改名したほうがいいんじゃない??

まぁ、この辺は海岸付近なんですけど。

しかしながら、バスの車窓から見る限り、とっても自然にあふれた国のようです。

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余談ですが、
入国審査の時に、珍しく、というか久々に
「何日滞在するの?」って聞かれた。
滞在目的も聞かれたし、モンテネグロを出た後に向かう国まで聞かれた。
出国後のことを聞かれたのは初めて。
EUの国はパスポートチェックすらないし、
それ以外のヨーロッパ諸国や南米は「ホントに確認してるの?」ってくらいチェック適当だったこともあるし。





このあたりの国ではだいたい、隣国についてあまり良い評価をしていない。
今回も「モンテネグロはあまりよくない国だよ、行ってみてみればわかる」ってクロアチアの出国の審査官に言われたし、
ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルからクロアチアのドブロブニクに向かうバスに乗る前に町の人に「その時間のバスはクロアチアのバスだから時間通りに来ないから、一本前のうちの国のバスを使った方がいいよ」とか言われた。
実際には、私はそんな風には思わなかったんだけどな。
愛国心はとっても大事だけど、
これも旧ユーゴ独立戦争の名残なのかと。
そうだとしたら、根深い感情を垣間見てしまった。








コトルという町で、カフェに入ってメニューを見てたら、ケーキが食べたくなった。
いつも、アイス以外のお菓子は食べないんだけど、
しかもメニューに

≪モンテネグロ≫というのを発見。


これちょーだい
って言ったら、「ない」って速答された・・・。


がーん。モンテネグロ・・・どんなんやったんやろ・・・。


しかもココア(ホットチョコレート)もなかった。



「チョコレートがいいの?なら、これ。」と
おねぇさんおすすめのケーキを頼んだら

ナッツの入った生地のチョコケーキだった。

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注:かば焼きではありません。




モンテネグロ・・・
こっちの方が、モンテネグロでいいんじゃない??


おねえさんの人懐っこい感じ好きだったな。
「おいしい?口に合う?」って気にかけてくれたし。


甘くておいしかった。

[2012/09/05 10:11] | モンテネグロ
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このキャッチコピーが最も似合う場所に、似合う時にやってきました。







それはここ。

クロアチアのドブロブニク

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2011年9月1日に出発してから
今日で一年目を迎えました。



わーーーっ(ぱちぱち←拍手)



私は一人前の魔女になるための修行ではないけれど、
確かにいろんな経験を積んでいるはず。






気持ちの切り替えは早くなりました。
何とかなると思えるようになったし、何とかなるように情報収集や注意を払う力もついてきたと思う。けど、油断は禁物。
あと、吹き出物が減りました。
また日焼けしました。





さっき、今まで行った国を数えてみたら、20か国でした(日本含む)。
『ありがとう』って何種類の言語を使ったのか数えてみたら、10言語でした。













今日は、ドブロブニクの旧市街へ行ってきました。
旧市街はとっても小さな町だけど、
実際に町に入ってみると、古い街並み(でも、過去の内戦で打撃を受け後に復元したそうです)に酔ってしまうくらいすてきでした。

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ドブロブニクは裏切らない。




記念日なので、普段めったに入らないレストランに入った。

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今日まで無事に旅できたことと、
たくさんの人に出会えたことと、
たくさんの人に助けていただけたことと、
日本でもたくさんの人が支えてくれていることと、
いろんな経験や学びを通していろんなことを考えることができたことと、
今旅ができていることと、
旅がすごく楽しいこと、

その他すべてのことに感謝したいと思います。



えみりあの世界一周は、まだまだ続きます。
これからもよろしくお願いします。

えみりあは、今日も元気ですっ

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[2012/09/02 06:10] | クロアチア その2
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ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルという町には世界遺産に登録された橋と街並みがあります。



けれど、ここも、1990年代の戦争で激戦区だったといわれている場所でもあります。





バスターミナルを降りると、何人もの宿の客引きが声をかけてきた。
そのうちの一軒のおばちゃんの宿にお世話になることにした。



おばちゃんの運転で宿まで向かう途中、
『ここが戦争で犠牲になった人たちのお墓だよ』
『この廃墟みたいな建物は、かつて大きなホテルだったんだよ』
と説明してくれた。

でも、言葉が出なかった。









モスタルは、サラエボ以上に激戦の痕が残っている。
多分、比にならないほど。


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遺跡と化した廃墟がいくつも残っている。

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ただ、簡単なフェンスで近づかないように包囲してあるだけ。
数えきれない数の銃痕が、その悲惨さを訴えている。

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よく見ると、建物の中にまで銃痕が見える。







想像を絶する。







世界遺産に登録された街並みにも、銃痕の残る家が普通に存在し、普通に使われている。

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そのまま使い続けられる建物
銃痕をコンクリートでふさいで使い続けられる建物
新しく作られた建物
そして、そのまま廃墟として存在している建物



それらが共存する町。







戦争の被害で、世界遺産の橋も破壊されたそうだ。
けれど、ユネスコの協力もあり、再建され、再び世界遺産に登録されている。

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橋の周辺・旧市街は、
ツーリスティックと言えるほど。
土産物屋が立ち並び、ユーロやクロアチアの紙幣も使え、英語の通用度も半端ない。

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レストランは、サラエボの旧市街のレストランより高い。





けれど、廃墟の街になるよりまし。
世界遺産の街として再びスタートを切っている。







街ですれ違う、現地の人
街で接すことができた、現地の人。

多くの人は、あの戦争を経験し知っているだろう。
家族を失った人がいるかもしれない。
友達を失った人がいるかもしれない。
多くの傷を負ったまま、生きているだろう。




それでも私が会った現地の人は、皆元気だし、笑顔だったし、優しかった。


寄ってきた物乞いにコインを渡している人が、この国には多い。
他のヨーロッパ諸国ではほとんど見ることができなかった光景だ。








当初、ボスニア・ヘルツェゴビナには来る予定ではなかった。
でも、実際の戦争の傷跡を、街や人々の中に残る傷跡を見ことができ、
ここに来てよかったと、今では強く思っている。

戦争は、きっと、他人事では、自分とは無縁のことでなければならない。
でも、きっと、世界を見てみると、現状、他人事であってはならないような気もする。


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[2012/09/01 07:58] | ボスニア・ヘルツェゴビナ
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先日のロンドンオリンピック、盛り上がったようですね。

私も夜中にサッカーの日本戦をたまたまテレビで見ていた時に
ついつい夢中に見入ってしまってました。








今をさかのぼること、28年前。
私が生まれた年ですが、
冬季オリンピックが開催されたのはボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボ。
現在、その会場跡地がどうなっているかご存じですか?







そこは今、こうなっています。







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そう、これはすべてお墓。





1990年代の内戦で多くの市民が犠牲となった。
お墓には特に1992~1995年に亡くなられた人のものが圧倒的に多い。



もともと多民族・多宗教のこの国で、他宗教同士の結婚も当たり前のようにあったこの国は、まさに理想国家であったはず。
この戦争は民族同士の争い、
民族の区別は宗教の区別であったというから
つまりは宗教の対立、宗教戦争。







このあたりの歴史は、イタリアを出てから勉強してるけど、難しすぎてよくわからない。





でも、ただ確実に言えるのは、
『ここで戦争があり、多くの犠牲者がでた』ということ。





サラエボの町はキリスト教とイスラム教が共存する不思議な町だった。



駅の近くの大通りには『スナイパー通り』と呼ばれる大通りがある。
当時、ここで動くものは、大人・子供、男女関係なく撃たれたらしい。
ここを少しだけ歩いてみた。

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ここを歩くだけで殺されたなんて、まったく想像できない。
今は、きれいなビルやショッピングモールもある素敵な通りだ。
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けれど歩くと時折銃痕と思われる穴のある建物をいくつか見ることができた。

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1992年といえば、まだ20年ほど前のこと。
ここから数年間の激戦があったのだから、記憶にある人もいるかもしれない。
私は当時、小学生。
『ボスニア・ヘルツェゴビナの内戦』というキーワードは知っていても、
正直それについてよく知らない。




私と同じ年に生まれ、1992年で亡くなった方のお墓を見つけた。
彼はおそらく戦争で生涯を終えることとなり、
一方私は生きている。
そしてここに来ることができた。

彼は当時、8歳ごろ。
お墓は一回りも二回りも小さかった。






人が、人の手で、人の命を奪うことがあってはならないと、
涙が止まらなかった。

[2012/09/01 06:34] | ボスニア・ヘルツェゴビナ
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