東へ東へ・・・目的地は、ずばり『日本』!
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タイトルまんまです(笑)。


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初めて出会った時のことはあまりブログで詳しく書かなかったですが、

それはそれは興奮しました。




『ワールドランナー』と言えば、
長期で世界を旅しているブロガー・およびホームページの情報がすごい・ついでに国数もかなりすごいということで有名で、


特に私たちがアフリカをまわっていた時よりも半年以上前からまわっておられて、
その情報がとても詳しい。
もともと、アフリカの情報がネット上であまりなかった時代。
私たちの合言葉は、

『ワールドランナーの情報見て』
『ランナーさんと同じルートで行きます』


だった。


『アフリカと言えばワールドランナー』


これはマジでアフリカ旅の定番だった。






で、私がアフリカ縦断を終え、南アからモロッコに飛んだんだけど、

そのとき、

『ワールドランナーも今モロッコにいるらしい』

という情報を聞きつけ、
淡い期待を胸に旅しておりました。



トドラから新月狙いで砂漠に行き、
バラ祭りのためトドラに戻って来た時


宿のテラスにいたんです、写真とかで見たことある顔のひょろっとした兄ちゃん!!!



えみりあ「あのー、ランナーさんですか!!!!???」
兄ちゃん「はぁ、まぁ・・・」
えみりあ「きゃーーーーーーーー!!まじすか!!!握手してください!!!!アフリカではお世話になりましたああぁぁぁぁぁぁあああ!!!
兄ちゃん「はぁ・・・。」


こんなかんじだったと思います。

その後も私はしばらく小躍りしてました(笑)。





トドラだけでなく、それから再び戻った砂漠でも再会し、
シャウエンやスペインのセビリャでも結構一緒に過ごしたなー






今回、バラナシで再会したとき、全く違和感なく
「やっほー!久しぶり―」
って感じで再会したんだけど、


1年半前に会った時となんだかいろいろ変わっていて、楽しかったです。



ネパールでの3週間に及ぶトレッキングの後ということで、
髪は長くなってるし、
日本に一時帰国してたのもあって、身なりがこぎれい!!
以前は、タジンが高いと言って100円のサンドイッチばっかり食べてたのに、今は250円のツーリストメニューばっかり食べてました。


びっくりした(笑)。




でも、周りに同じくらい(には到底及びませんが)の長期バッパーももう少ないし、
タメだし、
以前にもまして遠慮なく、深い話も色いろしてた気がします、お互い。






ガートでチャイ飲んでたとき、日本人のご夫婦と出会ったんだけど、
彼らも最近までアフリカをまわっていたとのこと。
「それぞれ時期はズレてますが、俺らもアフリカまわりましたー」
って話してた時、

その男性が気付いた!!


「あの、もしかして、ワールドランナーさんですか!!!???」

興奮が、私の時と一緒(笑)。

そうなりますよね、普通。






なんかね、

前回のブログの続きみたいになるけど、

私の旅の原点となった場所で、
この旅と、私の10年を振り返りながら、
旅で道を標してくれ、時間を共にした人と再会し、再び旅の話ができたことが

私の大きな旅の通過点になったのは間違いないと思う。







今まで同様、今回も私がランナーさんを見送る立場となりました。

彼の電車は24時間遅れという災難に見舞われてましたが、
テンション下がりつつも動じないその姿に、4,年の旅の貫録を感じました。


さすがです。

私だったら動揺してると思う(笑)。







ホントに楽しい再会をありがとう!!


またどこかで会えることを期待してまーす!!


良い旅を!
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[2015/07/28 01:06] | インド
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グワリオルからの夜行列車は、予定より少し遅れ、正午前にバラナシ駅に到着した。


駅を出ると、リキシャの客引きが寄ってくる。


『メインガートまで行くか?200Rssでどうだ!?』

200ぅ!?高い高い!!
とりあえずチャイ飲みたいの!
あとでね~



電車の中で乗り合わせたインド人にリキシャの相場は高くても80Rsまでだと聞いていたし、
とりあえずホッと一息ついてから、この町をスタートさせたかった。



デリーやアグラやバラナシなどのインドを代表する観光地では、客引きがしつこく、トラブルも多いという。
しかし、それっきりリキシャの客引きに絡まれることはなく、
正直つまらないなと思った。


結局、チャイ屋で息つく前に、乗り合いリキシャを見つけ、
全くのトラブルもなく、相場でバラナシの旧市街に到着した。




私のテンションはおかしかった。



期待と不安、ワクワクとドキドキ

そう表現すればいいのだろうか。



この町に来ることが、私にとって大きな舞台に立つこと同じような感覚だった。







10年前の夏、仲間と6人で降り立ったインド。
私にとっては初めての『旅』であり『バックパッカー』だった。

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入国翌日、雨に打たれながらデリーを歩き、
ずぶ濡れのまま夜行列車に乗り込んで向かったのが、ここバラナシ

私の『旅』は、ここが出発点だった。



しかし、日本とは何もかもが違うインドという国や旅という生活が、衝撃的すぎて完全なる消化不良に陥っていた。


仲間以外誰も信用することができず、遅れを取らないように着いて行くだけで精いっぱい。
いや、息をするだけで精いっぱい。
宿から100mで歩くだけで、丸一日仕事するのと同じくらいのエネルギーを要していたし、
まして歩いたことのない道を独りで歩くなんてことは、とてもじゃないけどできなかった。
毎日スプリングロールしか胃が受け付けず、土産物を売りつけつつも積極的に話しかけてくる子供たちと向き合うこともできずにいた。
好奇心なんて1ミリも持てなかった。
カルチャーショックで泣いてばかりいた。
それでも、『何を食べるか』『いつ起きるか』『どうやって行くか』など、小さいけれど大切な自己決定が、
今まで『みんなと同じことをしていればいい』『言われたことをしていれば大丈夫』といった固定観念を覆すきっかけになったし、
その自己決定ひとつひとつが自分に小さくも大きい自信につながって行った気がする。


バラナシは、私の旅の原点だ。

『試されている』というのも、あながち間違っていないと思った。



自分の弱さやあまりの器の小ささを思い知ったこの場所。
そんな私を受け入れ許し癒すように淡々と流れるガンジス川、それをただぼーっと眺めている時間が、かろうじて私の安定を保ってくれていた。
『えみりあ』というニックネームをもらったのも、ここバラナシだった。
一緒に旅した仲間がいなかったら、
日本でサポートしてくださった人たちがいなかったら、
そして、バラナシで出会い支えてくれた方々がいなかったら、

あれだけ自分の器の小ささを思い知り、実際完敗で帰ってきたのに、
何故か帰国後のトラベラーズハイは異常だったと、今では思う。
けれど、気が狂ったように『インド好きだ』『インドまた行きたい』『できなかったこといっぱいしたい』と寝ても覚めても言っていた私が、

今の自分につながっている。


この場所と出会いがなければ、

今の自分は存在していない。




そんな自分の原点であるバラナシに来ることは、
10年前の自分と向き合うことであり、
10年間の自分と向き合うことであり、
そして現在の自分と向き合うこと。








不安だった。






私の記憶の中のバラナシは、10年前のまま、色あせない。



だからこそ、ここに来ることが、
毎日歩いた道を再び歩くことが、
当時出会ったり、とてもお世話になった人たちと再会することが



少し怖かった。





そんな私に、10年前のインド旅行の時、ずっと行動を共にしていたトモコが、こういってくれた。

『心の準備は8割でいい。大丈夫。10年の月日があるから』


この言葉に、とても救われた。








バラナシを歩くと、いろんなことがフィードバックした。

毎日夕暮れにチャイを飲んだ場所。
ご飯を食べに通ったレストラン。
宿に向かう路地。
帰国直前に、停電の真っ暗の中、何かに噛み付かれた場所。
ジュースを買った商店。
泊まったホテル。

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そしてガンガー。

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まるで昨日のことのように、新鮮に思い出される。
こんな感覚がとても不思議で、快感で、すごく楽しかった。








でも、バラナシは変わっていた。

牛だらけ・うんこだらけ・ゴミだらけだった道は、こざっぱりしていた。
季節が違うのもあるかも知れないけど、人でごみごみしているということもあまりない。
雨季で歩けなかったガートも、今回は歩ける。
素焼きのカップで飲んでいたチャイは、経費面からプラスチックの使い捨てカップに変わっていた。
ガンガーを流れる死体も、河イルカも、今回は見ることができなかった。実際少なくなっているようだ。
夜停電しても、発電機を持っている家が増えたようで、道が真っ暗ということはまずない。
当時たくさんあった両替屋も、ネットカフェも、数が減っているように思った。
代わりに、wifiを導入している安宿が増えたし、ホットシャワーが出る宿も増えた。








10年前の写真を頼りに、出会った人を探した。



あの時、コロッケを作ろうということになり、野菜を買った市場の親子。
写真を撮ったら喜んでくれ、安くしてくれた。

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当時の場所に市場はまだ健在だったけど、
彼ら新市街に引っ越していき、ここではもう商売をしていないのだという。
誰も彼らの家までは知らないようで、あきらめざるを得なかった。

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毎日夕方に通ったガートで、毎日土産物を売ろうとしてきた子供たち。
あの時、自分と全く違う境遇の小さな子供たちを実際に前にして、私はどうしていいかわからなくなっていた。
仲間の一人が彼らにねだられてチョコレートを買ってあげていた。
私は何も彼らにしてあげていないのに、『お礼に』と彼らが売り物にしていた花入りの灯篭をくれた。
でも、私は最後まで彼らと向き合えないままだった。

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そんな彼らももう大人になっているはず。



ガートに行くと、

『僕の兄ちゃんだよ』
という少年二人。
確かに似ている気もするが・・・。

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翌朝、彼と再会できた。

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彼は今、観光客相手に写真を撮る仕事をしているという。
商売道具のカメラを大事そうに見せてくれた。

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彼も写真に写っている人。

みんな、この10年、親が亡くなったり、大変だったこともあるけど、
元気にしているみたいで嬉しい。
笑顔は当時のままだった。







そして、この人。


当時、インドに来たばかりの、右も左も分からない私たちを朝から晩までサポートしてくれた一人・ミントゥ。
大学で日本語を学び、日本語はペラペラ(しかも、その辺でやたら絡んでくる日本語使いとは全く違うきちんとした日本語)。
彼がいなかったら、間違いなくインドで生きて行けなかったかもしれない(笑)。

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何度もお邪魔したガートのそばの彼の家へ行ってみる。

そして感動の再会。

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彼は、やっぱり覚えていなかったみたいだけど、話しながら思い出してくれた。
私が忘れていたことも、すごく覚えている。

10年も経てばお互い変わるよねぇ。


家庭を持ち、2つのホテルのオーナーをしているミントゥと、『絶対インドリベンジ』を執念にし、世界一周しちゃってる私。

私は覚えてなかったんだけど、
トモコは当時、『将来自分のホテルを持ちたい』ってミントゥが言ってたのを覚えてて、すごく喜んでた。

そんなミントゥのホテルは、部屋を見せてもらったけど、
かなり高級感ある、ガンガービューの素敵なホテルだった。
私の泊まってる部屋は、この部屋についてるトイレくらいの広さだよ(笑)。

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この部屋でママのカレーごちそうになったんだよなぁ。
ママ、今も元気だよって。
当時まだちびっこで悪がきだった弟たちも、今はこのホテルを手伝ってるそうです。

今回はチャンスがなくて会えなかったけど、もし機会があれば次回会いたいな。

毎年来る欧米人のお客さんや、日本人のお客さんも多いみたいで、
やっぱりミントゥの人徳だなと思う。









10年の月日は大きい。
バラナシの町はいろいろ変わった。
人も変わった。
私も変わった。

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変わらないものなどない、それぞれの10年

『10年』という経験値をそれぞれが持っているはずだし、
『10年』という時間をそれぞれが歩んできた。


バラナシは、あのころとは全く違って私の目には映っている。
何もかも刺激的なインド・バラナシというよりは、変わり変わらないゆっくりとしかし淡々と時間が過ぎてゆくバラナシ。
見えなかったものも今は見えるし、感じることもある。
逆に擦れてしまった部分もあるのは間違いない。

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それでも、不思議なほど、いつもの旅と同じペースを崩すことなくバラナシを歩けた気がする。


この場所が変わったのか、私が変わったのか、
どちらにしても時間は確実に動いている。




あのころに『戻る』ことはできないけれど

それでもここで『ただいま』と言いたいし『おかえり』と自分に言いたい。


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そして、再び足を前に出そうと思う。

[2015/07/28 00:34] | インド
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グジャラート州から、ラジャスターン州に入ったばかりなのですが、

ラジャスターン州一都市目のウダイプルで、

ラジャスターン州の旅を一時中断します!!



いやー、いろいろあって、東に行きます。





実は、もともと、この段階で向かう予定はなかったんだけど、
『いつ行くの?今でしょう!』
というお決まりの状況になり、向かうことに決めました。



向かう先は、また追々話すとして・・・。





有名な町なので直通の列車があることを期待していたんだけど、
どうやら満席のようで、

刻むことにいたしました。

インドの地図買っておいてよかった―




そして、ウダイプルから目的地に行く途中で乗り換えるのが、

グワリオル

という町。



うーん、聞いたことないね。
でも、そこそこ大きな街みたいよ。



ちょうど乗り換えの間、数時間の待ち時間があったので、
荷物を預けて、町の城塞に行ってみることにした。



鉄道駅からは少し離れた旧市街の中に建つ城塞。

丘の上にあるらしく、なんか迫力あるね。

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そう、もう、この時点で夕暮れなんです。
こんな時間に観光なんて・・・とも思うけど、暗くなるまで時間はちょっとあるからっ!!


丘の上にある城塞は、土色と青のコントラストが素晴らしかった。
まるで、ウズベキスタンのヒヴァの旧市街みたい。

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この、グワリオルの城塞、全長2kmあるんだって。
町やん(笑)。

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さすがに全部回ることはできなかったけど、ここからの眺めが素晴らしかった。


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陽が暮れ、紫色になって行く空の下、オレンジ色の街の明かりがポツポツと浮かんでいく情景は、
この旅でも忘れがたい景色の一つになった。

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時間が穏やかに流れていく。

灯りの数だけ人々のストーリーがあるんだなぁって。







おっと。


もう真っ暗じゃん。

知らない町で女子一人。

さっさと戻ろ。



さすがに怖いので、丘を降りていく家族連れとつかず離れずの距離で下山しました。
そしてバスを乗り継いで駅まで戻りました。

ふぅ。








さて。この後、一晩かけて向かう先は、

私にとっての聖地。

私の原点を探る旅です。



心は静かだ。

[2015/06/25 22:02] | インド
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インドでは、宗教的な観点から、

ベジタリアン



ノンベジタリアン

の区別がはっきりしている。




私は、インドに来てからノンベジを食べることは少なくなったかな。

だって、

ノンベジ、高いんだもん。




高いと言っても、日本の物価からすればびっくりするくらい安いんだけど、
でも、インドの物価から考えると、かなり高く感じてしまう。


たまには食べるけど、
月に数回っていうレベルかな。




インドで食べるのは、だいたいタリーとかサモサとかのスナック類。
もちろん、ベジタリー。

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だけど、最近ふと、『あ、私、野菜全然食べてないような気がする!!』
って思う。

インドで調理されると、基本的にカレー味になるし、色も茶色いことが多いから、
野菜食べた!!って感覚が薄いんだろうな。

そして、豆を使った料理が多い。







今日は、久々に自炊しようと思い立って、市場を歩いてみた。

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人参が宝石みたいな色してる!!←でもニンジン嫌いだから却下。

大好きなスナックエンドウだ!!

辛そうな唐辛子がいっぱいだ!!









自炊って言っても、キッチンがあるわけじゃないし、
お湯を沸かすためのコイルがあるだけ。




というわけで、グリーンピース(スナックエンドウだと思ったら、さやが堅すぎた)とトマトのサラダだよ。

器はペットボトル切って使うよ。

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わーいわーい!!
野菜だ野菜だ!!
緑と赤色の野菜だ!!




と、作って食べてたら気づいたんだけど、


豆なんて、毎日食べてるよね。

豆じゃなくてもよかったねorz





今日はデザートつきだよ。
贅沢でしょ。

バナナ切ってマンゴージュースぶっかけただけだけどね。

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いいのよ、たまには手抜きでも(笑)。



orz





あのーーー



豆は野菜ですか??


だれかおしえてください。

[2015/06/25 21:53] | インド
トラックバック:(0) |
ジュナーガルからバスで一晩。



相変わらず夜が明けるか明けないかの微妙な時間に到着したバス。



バスターミナルから、安宿街のある旧市街の中心までは3~4km。

オートリキシャ―で行こうにも、えらいぼってくるので歩いて向かうことにした。



でも、だいたいの方角は分かっても、けっこうくねくねした道だし、
GPSの地図をダウンロードしていないという失態のため、
結局かなり安く交渉して連れて行ってもらった。

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指定したポイントに降ろしてもらうと、
どこから現れたのか、まだ日の出前だというのに宿の客引き現る。

もう、宿探しで歩きまわるのもだるいし、ホットシャワー付いてるし、もーいいやっ!!
というわけで、速攻交渉成立。



実は、夜行バスの休憩中のトイレで、派手に転び、体中が臭くてたまらないという事態。
早くホットシャワーを浴び、洗濯をしたくてたまらなかったのだ。


ついでに心身ともに疲れていたためか、微熱気味で、

この町の程よいツーリスティックさ、過干渉でない町の雰囲気に惚れ込み、
結構ゆっくり過ごした。




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全然話は変わるけど、

私が生まれ育った岐阜っていうところにはお城があって、町のシンボル的存在。

岐阜城は、織田信長も城主を務めた、山の上に建つお城。
それを見て育ったので、お城というのは山の上にあるのが普通だと思っていたんだけど
どうやら日本で『山城』というのは珍しいみたいなのね。


確かにテレビの時代劇で見る江戸城や名古屋城のような、お濠に囲まれたお城も知ってはいたけど、
それが日本ではスタンダードなタイプってことは、小さいころは知らなかった。





ま、いろんなお城のタイプがあるんだって話で。







で、この日到着した町にもお城があって、もちろん、街のランドマーク的存在。


この町のお城は、

なんと、


湖の上に浮かんでいる


その名も、『レイクパレス』

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このレイクパレス、もともとはマハラジャの離宮だったのだけど、現在は高級ホテルとして公開していて、
もちろん宿泊可能。

とはいえ、私みたいな貧乏バッパーには到底手を出せる代物じゃない。

レストランもあるけど、
一人で行ってもねぇ・・・。


と、いうわけで、見るだけ(笑)。



いいのよ、満足したから。




レイクパレスの浮かぶピチョーラ湖の岸に、シティパレスというお城がある。

シティパレスもマハラジャの宮殿だったところで、
現在は、博物館として公開している。

そっちを楽しむことにしたよ。

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いやーーー

マハラジャさん、すごいとこに住んでるよね。

景色すごいし。

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実際、公開されているのは一部で、
現在も住んでいるらしい。


こういうの見ると、本当にインドってよくわからない国だなぁと思う。

格差は大きすぎるし、性格もクセが強いし。

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そか。
よくわからないから惹かれるのか。

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なんとなく腑に落ちた(笑)。

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そして陽も落ちた(笑)。

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またあした。

[2015/06/25 21:43] | インド
トラックバック:(0) |
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