東へ東へ・・・目的地は、ずばり『日本』!
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旅人の中でも評価の高い遺跡・アンコール遺跡群




物価に対して、入場料もかなりお高いのですが、
それでもみんな、いい評価を付ける。




ホントなの?

悪いけど、私、いろいろ見てきちゃってるから、辛口だよ。

なんちゃって(笑)






というわけで、3日間、マイペースに遺跡めぐりをしてきました。




ここと、ここと、ここと・・・

っていう感じじゃなくて、




あー、ここ行ってみたいなー



っていうところを

心行くまでぼけーーーっと見てきた感じです。










結果からいうと、かなりここは


いいなー


って思った遺跡だった。






全部を見たわけではないけど、

適度に修復もしてあったり、あえてそのままであったり、

それぞれの遺跡で感じるものもあったし、




ただ、団体観光客とのタイミングがずれれば
かなり自分のペースを維持できたなと思います。












今回は、写真でどうぞ。







アンコールワット

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地図で見るとそんなに大きくないのに、
実際はすごく大きくて、半日まるまるかかっちゃった。
でも、彫刻とかすごくきれいだったし、
内部に行けばいくほど、神聖な感じっていうのかな、外部の雑音も少なくなっていった気がするし、背筋も伸びて行った。

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プノンバケンの夕日。

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一時間くらい前に夕日スポットに行ったんだけど、
すでにたくさんの観光客が陣取っていた。
夕日を見るというより、人を見に行った感じ。
入っちゃいけないところに入って写真を撮ろうとしたり座りこんで何度も注意されている人もたくさんいたし、
それだけでいい気分では見れなかったな。
『夕日を見ながら物思いにふける』とか
『夕日を見て感動する』とか
そんな気分になんて全然なれなくて、
むしろ、人の嫌な部分を見てしまったような気がして、
途中で帰ってきちゃった。
そこまでして夕日見たいわけじゃないし、ここじゃなくてもきれいな夕日はどこでもたくさん見れるし。

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アンコールワットの朝日。

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日の出は見れなかったけど、自然のことなので仕方ないか。
それにしても、相変わらず、観光客多い(笑)

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バイヨン

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アンコールワットの北にあるアンコールトム遺跡の中心となる場所。
仏さんの顔がたくさんあって、
最初は『見られてるっ!!』って感じで落ち着かなかった。
でも、そのうちなぜか『見守られてる』って感じてきて、不思議なもんだな。
色んな角度から写真をいっぱいとりたくなってしまう、おもしろい場所だった。

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王宮とその周辺

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アンコールトムの中にかつてあったとされる王宮。
木造だったみたいで、現在はそのあとすら残っていないけど、
だからこそ時間と自然の力を感じた。
近くに残っていた神殿跡とか、
お寺では祈りが捧げられたりしていて、
子供たちも無邪気だったし、
基本的なものは変わらないんだろうなぁ。

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タブローム

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有名なやつ。
ここはなんか、自然の力をすごく感じて、何回かよく通ったなぁ。
お気に入りの場所でウトウトしたりもしてた。
欧米人観光客から
『あんた大丈夫?体調悪いの?』
って心配されたりもしたけど、
あ、気持ちよくって、眠いだけですーう(笑)
って答えたら、苦笑された。。。
ここは、崩壊も時間の問題っていう感じるところも実際たくさんあった。
でも、それも自然な流れなのかな。

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過去の遺産を残すことも大事だけど、
自然に返すことも私は大事だと思う。


ゆっくりと、いろんなことを考えたアンコール遺跡群。

数年後にもう一度訪れたら、
どんな姿になっているんだろう。
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[2014/01/26 03:49] | カンボジア
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アルメニアで出会い、イランで一瞬だけ再会したきむくんと
プノンペンで再会した。

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ちょっとやせたね。
大丈夫??






今まで、あまりたくさん話をすることも、深い話をあまりすることもなかったけど、

今回、きむくんと再会してすごくたくさん話をすることができました。



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自分とは違う視点や考えを持つきむくん。


でも、だからこそ、自分が今まで気づかなかったことや大切なことをたくさん教えてもらった気がします。



再会したからこそ見えること。







私のバスの出発に合わせて、見送りにまで来てくれた。

ありがとう。

これからも、お互い、良い旅を!!


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[2014/01/26 00:43] | カンボジア
トラックバック:(0) |
60か国くらい旅して来て、



絶景と言われるところも見てきたつもりだし、
宗教についても知らなかったことがいっぱいあったし、
すごく親切な人たちにもたくさん会う事が出来たし、
安くておいしい地元飯を食べたり
歴史ある建築物を見ることもあった。



でも、決して世界のきれいなところばかりを見てきた訳ではないつもり。



戦争の爪痕や、
今なおリアルタイムで起きている民族紛争を感じたり
スラム街や貧困問題
人間の歴史の汚い部分も、ほんの少しだと思うけど見たり体験したりした。




今まで訪れた虐殺に関する事件が起きたところ、それを考えさせられたのは、

ポーランドのアウシュビッツ
ボスニアヘルツェゴビナ
ルワンダ
そして、アルメニア。



アウシュビッツは、映画でも取り上げられることは多いし、
ヒトラーの独裁政治なんかと関連して授業でも取り上げられた覚えがあるから、
日本でも一般的に知っている人は多いと思う。







でも、それ以外の虐殺のことについては、
正直、



知らなかった。





恥ずかしいけど、旅を続けるうちに知ったことばかりだった。








各地の『虐殺記念館』では、
その虐殺の事実や背景、虐殺に関する展示物以外に、
他の国で起きた虐殺を紹介しているところも多かった。


そのなかで紹介されていてたひとつが、



カンボジア虐殺。





旅を続ける中で知った事実ではあるけれど、
それまでは知らなかったし、

同じアジアの中でそのような事件があったということも知らなかった。



その周辺での戦争に関して知っていたことも、
ベトナム戦争くらいで、
それについても、あまりきちんと理解していなかったのは事実だった。













カンボジアのプノンペンに到着した翌日、

プノンペンの中心部にある虐殺記念館に行ってきた。




宿から徒歩20分、暑い日差しの中を、汗をダラダラ流しながら歩いて行った。





周囲のまったりとした雰囲気とは異なり、

住宅地のど真ん中に建つそれは、奇妙なほどに異質な印象を受けた。

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無機質な壁に、有刺鉄線。

トゥールスレン収容所。










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それでも、緑あふれる敷地内は、『虐殺記念館』と言われなければ、そう気づかない気もした。

お墓以外は。




三階建ての建物が並ぶ敷地内。
それでも、きれいな緑と対象的に、雰囲気の違うこの建物が、やはり異質感を醸し出していたのは事実だと思う。

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この建物は、かつて、高校の校舎として使われていたところだという。


それをプノンペンでの虐殺の舞台となったここは、
収容所として、拷問の場所として、そして虐殺の場所として、その役目を担うことになる。



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実際に使われていたというベッドや拷問部屋。


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こんな部屋がずっと続いている。






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自分の通う学校にある日こんな拷問の道具が設置されたら・・・

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自分の通う学校が、ある日、虐殺の舞台になったら・・・


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ポルポト政権の考え、

それが

『国を指導する者以外の知識人は不要』

とするもの。

教師も、宗教指導者も、医者も、メガネをかけている人でさえ、そしてその家族すら
虐殺の対象となって行った。


民主主義国家として成功している、今の日本から見れば、
馬鹿げているとしか思えない。

でも、当時の、当事者にとっては、

怖かったのだろう。




だからと言って、肯定できることでは到底ない。

と思う。









人のいのちを奪う権利って、誰にあるんだろう。









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カンボジア虐殺は、プノンペンだけではなく、カンボジア全土で起きていたことだと言います。

『キリングフィールド』と呼ばれる、大量虐殺場まで各地にあるそうです。







私には、ここで紹介さていることと、

現在のこの塀の外の景色にギャップがありすぎるように感じました。






本当にここで起きたことなのか?と。







これは、月日が現在の『平和』をもたらしたことなのか、
平和ボケした私が、この虐殺の事実をよく理解できないでいるだけなのか

自分でもよくわからなかった。




ただ、表面上だけのことなのかもしれないけど、
人々の心にはまだ癒えないキズが残っているかもしれないけど、



現代のカンボジアは、少なくとも私が訪れた町の、私が出会ったカンボジア人は、




皆、今を笑顔で生きている




ということです。

[2014/01/26 00:37] | カンボジア
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