東へ東へ・・・目的地は、ずばり『日本』!
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死海に行ってきました。






死海は、海抜-400mのところにあります。
耳ツーンてなった。

死海はヨルダンとイスラエルの間にあります。




イスラエル側の死海。


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死海に言ったら必ずするであろう三つのこと。

その①なめてみる



ぺろ

おえーからーにがー








その②王道ですが、浮いてみる、そして新聞読む



おそるおそる・・・



ぷか~~~~

おーーーっ
浮いた―――

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立ち浮きもおっけー☆

ホントに浮くんだねぇ~
ふしぎっ




その③泥パック

ミネラル豊富です。
お肌つるつるなりました。

ゆで卵みたいになった。

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けど、皮膚への塩分の刺激が強すぎるため、しばらくすると皮膚の薄いところや粘膜の部分が痛い―――っ

長時間は無理。

その後のシャワーが幸せだった。
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[2012/12/10 06:11] | イスラエル
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イスラエルという国で、どうしてもしたかったことがありました。





それは、



月と星とクロスのネックレスを集めてつけること。




月はイスラム教のシンボルの月

星はユダヤ教のシンボルのダビデの星

クロスはキリスト教のシンボルの十字





三つの宗教の聖地がここにあり、
そして対立しあうこの宗教。

もともとは同じ一つの宗教が根源になっているはずなのに。







自分なりに平和を願ってしたかった。




月がなかなか見つからなかった。


でも、イスラエルを出る前々日、やっとそろえることができた。


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でも、

ある日、私のつけていたのを見て、ムスリムのおじさんに声をかけられた。

「君はムスリムなのかい?」
「イスラム教についてどう思う?」
「おれは他の宗教は好きじゃない(文化的に理解できない)」
「君がイスラム教に興味があるのなら、1か月後にはムスリムになっているはずだよ」


彼に対して何も答えることができなかった。


『平和を願って』なんていかに薄っぺらな思い付きだったのか
自分が自分の宗教についてしっかりと語ることもできないし
宗教についても、パレスチナ問題についても、中途半端にしか分かっていない。



中途半端な気持ちではダメなんだ。

特にここ、中東では。




軽はずみだった…。



日本ではただのファッションでしかないものでも、
地域によっては、とっても強いメッセージがあるものもある。

誤解を招くこともある。



なので、ネックレスは外しました。


自分が自分の宗教観をしっかり語れない限り。

[2012/12/09 23:55] | イスラエル
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イスラエルという国を訪れるに当たり、
パレスチナ問題を抜きにしては絶対に語ることはできないと思う。



と言っても、イスラエルに来るまで、
『パレスチナ問題』『中東戦争』『パレスチナ自治区』『ガザ』などという単語は知っていても、どういうことが起きているのかは全然知らなかった。
そしていまだに完璧に分かったともいえないと思う。



とても複雑な問題だと思う。










イスラエル入国翌日、Via Dolorosaを歩いていると、
商店のテレビが壮絶な映像を流していた。


ガザ地区にミサイルが発射されたというもの。
ここ、エルサレムからたぶんバスで数時間の距離。



街が騒然としていた。






夕方宿に戻ると、
『嘆きの壁にハマスがきた!?という噂でみんな一斉に逃げ惑っていた』
らしい。



そして、エルサレムの近郊にもミサイルが落ちたというニュースも流れていた。



また、国境の一つが封鎖されたという情報も入った。









どうなってしまうのだろう。




私たちの滞在しているエルサレムは、観光地であり、イスラム教やユダヤ教の聖地でもある場所なので直接攻撃されることはないと思われた。

情報収集に徹し、危険な場所に足を運ばないことが何より重要と思われた。





翌日も、エルサレムの街は大きな変化は見られなかった。

普段と変わらない、『祈り』に満ちた町だった。








数日後、ベツレヘムという町に行った。

ここは、イエスが生まれたとされる場所がある。

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ここはパレスチナ自治区にある。







私たちは、バンクシーの絵を見に行った。


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バンクシーの絵は、ガソリンスタンドの裏の壁や、分離壁に描かれ、メッセージ性が強い。







イスラエルとパレスチナ自治区との分離壁。
ベルリンの壁を思い出す。

でも、その存在のプロセスや背景は、違う。
けれど、もともと一つだった宗教や土地を『分離』するという意味では同じかもしれない。
冷たく高い大きな壁だった。




一つの絵を見に行ったとき、タクシーの運転手が
「危ない、早くタクシーに戻れ!!」と言った。

何のことかよくわからなかった。

その近くにあった別の絵を見て、分かった。










投石。












パレスチナ人が絵に向かって投石していた。

危険だからと、その絵のそばではタクシーから降りることも、止まることもゆるされなかった。






これが当時の現実。









そして、ベツレヘムからエルサレムへ戻るバスに乗った時に遭遇したデモ。


厳しい検問。








民間レベルでも問題が続き、
一つの街に訪れるのも不安や検問がある現状。

初めて自分の周りでテロや戦争が起きているという現実。
すごく怖かった。








これが、私の初めて感じた『パレスチナ問題』でした。

[2012/11/30 02:15] | イスラエル
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旧市街では、イエス・キリストが死罪の判決を受けてから十字架にかけられ埋葬されるまでの道のり、Via Dolorosaを歩くことができます。
毎週金曜の午後3時から、それを行進する行事があります。

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エルサレムで泊まっている宿で出会った、武ちゃんさんはクリスチャン。
彼と、彼のツレの佐々木氏と宿で会った何人かでその行進に参加してきました。





金曜日の午後3時というのは、イエスが十字架の上で息を引き取った時なのだそうです。






Via Dolorosaはおおむね聖書の記述にのっとり、
イエスの死までの出来事をポイントでたどっていきます。

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武ちゃんさんにとって、そしてクリスチャンにとって、
この道を歩き、イエスの足跡をたどることはただの観光ではないのです。




イエスが十字架に架けられ、息を引き取り、埋葬され、復活した場所は現在、聖墳墓教会にあります。

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武ちゃんさんは、ここまで来ると、どんどん顔つきが変わっていきました。
祈りに一層集中し、声をかけるのさえためらってしまうほど。

私たちが聖墳墓教会に入り、しばらくすると、ミサが始まりました。
多くの信者が祈り、本当に神聖な空気に包まれました。
とても大きな力を感じた気がしました。
武ちゃんさんは祈りながら涙を流していました。

そして、それを見守る佐々木氏も涙を浮かべていました。




武ちゃんさんにとって宗教・祈りはもっとも大切なものなのだそうです。
そしてイエスがすべての人の罪を背負って亡くなり、復活したこの場所。
彼にとってここで祈るということは、どれほど尊いことなのか。


そして、最も彼を理解し、彼とともに旅をしている佐々木氏。
今ここにいる人の中で、彼ほど武ちゃんさんの幸せを喜ぶ人はいないと思います。




その様子を見て、こみ上げるものがないはずがない。
そこに大きな愛を感じました。

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彼らだけではない。
ここを訪れ、祈る人々、それぞれに想いがある。

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ここにはそんな力を感じました。


武ちゃんさんの顔はミサの後、
「イエス様の苦しみをほんのわずかでも感じることができた気がしてとてもうれしい」と言ってとても輝いていました。





武ちゃんさんと過ごした3日間。
キリスト教についてたくさん教えてもらいました。
「信者以外の人とキリスト教についてこんなに語ったことはない」と笑顔を見せてくれました。


この日以降、武ちゃんさんは、教会以外の場所でもイエス・キリストの話をたくさんしてくれました。
『クリスチャン』ということを全身で、前面に押し出しているようにも見えました。
色んなものが解放されているようにも感じました。






Via Dolorosaは、わたしはその後も毎日歩き、毎日聖墳墓教会に足を運びました。


途絶えることのない祈りの姿に、
そこに愛のかたちを見たような気がしました。

[2012/11/23 05:49] | イスラエル
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イスラエルのエルサレムには、三つの宗教の聖地があります。





キリスト教:イエスが十字架に架けられるまでのみちのり

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ユダヤ教:最盛期に建てられた神殿が後に破壊され、壁だけが残った嘆きの壁

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イスラム教:預言者ムハンマドが降り立ったといわれる岩のドーム

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ここはそんな宗教の聖地の交差点なのです。



なので、ここは多宗教・多数の国からたくさんの人が足を運ぶところです。







この三つの聖地、それぞれに行ってみましたが、共通して言えることは、

『祈りの強さ』。




宗教ってなんだろう。

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祈りってなんだろう。

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神様ってなんだろう。

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信仰ってなんだろう。






「あなたの宗教って何?」
とよく外国人に聞かれる。
外国では、宗教がとっても身近で、
その質問は、名前や国籍を尋ねるのと同じくらいの重要な諮問なのだそうです。
宗教は、『所在』であり、『価値観』を知ることができる。


いつもその答えに対し、『仏教徒』と答えてはいるけれど、
敬虔でもないし、
日本独自の神道の価値観も持っている部分もある。
だから厳密に『仏教徒』と答えることに抵抗があったりもする。




それでも宗教に関係なく、祈る姿というのは美しい。

そんな美しい祈りがあるのに、
もとはすべて同じルーツであるのに、
宗教同士が認め合うことができないことに疑問を持たずにはいられない。

[2012/11/23 04:33] | イスラエル
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とる
俺は人間の弱い部分が宗教を作り出してると思う。
どの宗教にも戒律があるけど、大抵人々の生活はその戒律から逸脱しているよね。歴史を見ればすぐ矛盾に気が付くけど、それに関して彼らはなんて応えるのだろう。「人間の未熟さ」とでも答えるのかなぁ。キリスト教によると、人は神の子で霊長類ではないというけど無理があるよね。

Re: タイトルなし
えみりあ
≫とおるくん

信者の中にも人間の進化論を肯定し、神の子論を否定する方も存在するようですね。
でも、聖書や経典は科学とはまた違ったものだと思うので、そこにこだわりすぎてケンカになるより、そういう考えもあるんだ―という視点で物事をとらえられたらいいのになって思います。

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